第2話:神様の提案

「神様……」


 俺は呆然と呟いた。

 目の前で桜の花びらが舞っている……。秋なのに。しかも、光っている。


 これは夢なのか?

 それとも、俺、疲れすぎて幻覚でも見てるのか?


「夢じゃないよ」


 ミコトは俺の考えを読んだかのように言った。


「幻覚でもない。私は本物の神様」


 桜の花びらが消えると、ミコトはふわりと俺の前まで歩いてきた。

 歩くというより、浮いているような、不思議な動きだった。


「あなた、最近ちゃんと眠れてないでしょ?」

「え……」

「ご飯も美味しくないでしょ?」

「なんで……」

「見てたから。ずっと」


 ミコトは少し悲しそうな顔をした。


「おじいさんがいなくなって、あなた、すごく寂しそう」


 その言葉に、俺は何も言い返せなかった。

 図星だったから。


「お母さんも辛いのに、二人とも我慢してる。それも全部、見てた」


 ミコトは俺の手を取った。

 小さくて、柔らかくて、でもどこか温かい手だった。


「だから、私があなたのそばにいてあげる」

「え……?」

「一人は寂しいでしょ? だから、一緒にいてあげる」


 ミコトはにっこりと笑った。

 まるで太陽みたいな、明るい笑顔だった。


「でも……神様がそんなことしていいの?」

「いいの。だって、これが私の恩返しだから」

「恩返し?」

「うん。あなたとおじいさんが、何年もこの神社を守ってくれた。おかげで私は存在できた」


 ミコトは神社の本殿を振り返った。


「神様ってね、信じてくれる人がいないと、だんだん消えちゃうの」

「消える……?」

「うん。この神社、小さいでしょ? だから、お参りに来る人もほとんどいない」


 確かに、この神社に来るのは、俺とじいちゃんくらいだった。

 たまに近所の人が通りかかることはあっても、お参りしていく人はほとんどいない。


「でもね、あなたとおじいさんが毎日お掃除してくれて、手を合わせてくれた。だから私は消えずにいられた」


 ミコトは俺の目を見つめた。


「だから、今度は私があなたを助ける番」


 その真っ直ぐな瞳に、俺は何も言えなくなった。

 ミコトは本気だった。

 本当に、俺を助けたいと思ってくれている。


「でも……神様が人間のそばにいて、大丈夫なの?」

「うーん……ちょっと大変だけど、大丈夫!」


 ミコトは元気よく答えた。


「神様が人間の世界にいると、力を使うから疲れるけど、それくらい平気!」

「無理してない?」

「無理なんかしてないよ。だって、私、あなたのこと好きだもん」

「えっ……」

「あ、違う違う!そういう意味じゃなくて!」


 ミコトは慌てて手を振った。


「えっと、その...おじいさんと一緒に神社を守ってくれた、優しいあなたが好きってこと!」


 顔を赤くしながら説明するミコトを見て、俺は思わず笑ってしまった。

 神様なのに、なんだか人間臭い。


「笑った」

「え……?」

「あなた、今、笑ったよ」


 ミコトは嬉しそうに言った。


「おじいさんが亡くなってから、ずっと悲しそうな顔してたから。笑ってくれて、嬉しい」


 その言葉に、俺はハッとした。

 確かに、じいちゃんが亡くなってから、笑ったことなんてなかった。

 学校でも家でも、ずっと暗い顔をしていた。


「ね、晴斗」

「うん?」

「私と一緒に、暮らそう?」

「……は?」

「あなたの家で、一緒に暮らすの。そしたら、もう寂しくないでしょ?」


 ミコトは当たり前のように言った。


「ちょ、ちょっと待って。一緒に暮らすって……」

「だって、一人は寂しいでしょ?」

「それは……そうだけど」

「じゃあ、決まり!」


 ミコトはぱっと手を叩いた。


「明日から、あなたの家に行くね!」

「え、明日!?」

「うん!楽しみ!」


 ミコトは本当に嬉しそうだった。

 俺は頭を抱えた。

 神様と一緒に暮らす?

 そんなこと、本当にできるのか?

 でも——ミコトの笑顔を見ていると、不思議と悪い気はしなかった。

 一人でいるより、誰かがそばにいてくれる方が、ずっといい。

 たとえそれが神様だとしても。


「分かった。じゃあ、一緒に暮らそう」

「本当!?」

「うん。でも、母さんにはどう説明すれば...」

「大丈夫! 私、人間のフリするの得意だから!」


 ミコトは自信満々に胸を張った。


「友達って言えばいいよ。転校生で、泊まるところがなくて困ってるって」

「そんなんで通るかな……」

「通る通る! 任せて!」


 ミコトはあっけらかんとしていた。

 俺は少しだけ不安になったけど、まあ、なんとかなるだろう。

 神様なんだから。


「じゃあ、明日ね!」


 ミコトは手を振った。


「待って、どうやって来るの? 住所とか……」

「大丈夫、分かってるから! ずっと見てたもん!」


 そう言って、ミコトはふわりと浮き上がった。


「じゃあ、また明日! 楽しみにしててね!」


 光に包まれて、ミコトの姿が消えた。

 俺は一人、神社の境内に取り残された。


 「……夢、だよな?」


 でも、手のひらにはまだ、ミコトの温もりが残っていた。

 これは、夢じゃない。

 本当に、神様と出会ってしまったんだ。


 俺は深く息を吐いて、神社を後にした。

 明日から、どうなるんだろう。


 不安半分、期待半分。

 でも、なぜか心が軽くなっていた。

 久しぶりに感じる、温かい気持ち。

 家に帰る足取りが、少しだけ軽かった。


 その夜。

 俺は母さんが帰ってくるのを待っていた。

 夜勤明けで疲れているはずなのに、母さんはいつものように笑顔だった。


「おかえり、母さん」

「ただいま。晴斗、ちゃんとご飯食べた?」

「うん、美味しかった」

「そう、よかった」


 母さんはホッとした表情を浮かべた。


「……あのさ、母さん」

「ん?」

「明日、友達が泊まりに来るんだけど、いいかな……」


 母さんは少し驚いた顔をした。


「友達? 珍しいね。もちろんいいよ」

「ありがとう」

「その子、女の子?」

「え、うん……」

「あら、そうなの」


 母さんはニヤリと笑った。


「晴斗も大人になったのね」

「ち、違うから! ただの友達だから!」

「はいはい、分かってるわよ」


 母さんは楽しそうに笑った。

 久しぶりに見る、母さんの本当の笑顔だった。

 それを見て、俺も少しだけ安心した。


 ミコトが来てくれるのは、もしかしたら、母さんにとってもいいことかもしれない。

 俺だけじゃなく、母さんも寂しいはずだから。


「楽しみにしてるわね」

「うん」


 俺は頷いた。

 明日から、きっと何かが変わる。

 そんな予感がしていた。

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