第2話 理想と現実

 昨日の入学式のことを、ボクはまだ少し根に持っている。


 本当なら、新入生代表の挨拶はボクがやるはずだった。

 なのに壇上に立っていたのは、

 シキという桜色の髪の優男だった。

 


 ――成績があと一点足りなかっただけだ。……まあいい。


 今日はパルフェ学園の部活動の勧誘イベントの日。


 校舎の廊下は、知らない声で溢れかえっていた。

 ボクはその中で、部活動紹介のパンフレットを胸に抱えて立っていた。


 ――軽音学部。


 文字を指でなぞる。

 ここで、本気で音楽ができる。

 七歳の夏に胸を焦がした、あの“音の中心”に立つ夢に、少し近づける気がした。


 深呼吸して、部室の扉を開ける。


 ……その瞬間、絶望的な光景が見えた。


「っしゃー! 今日もゲームやるかー!」

「昨日の続きな! 負けたらジュース奢りな」

「練習は文化祭前にやりゃあいいっしょ」


 騒がしい声。

 床に転がるお菓子の袋。

 楽器は、壁に立てかけられたまま埃をかぶっている。


 ボクは言葉を失った。


 ――え?


 思っていた景色と、あまりにも違う。


 勇気を振り絞り、一歩踏み出す。


「あの……先輩方。練習、始めないんですか?」


 一瞬、部室の空気が止まった。


「ん? 新入生?」

「お、よく来たな。まあ座れよ」

「ポテチあるけど食うか?」


 こらぁー! ポテチを食べた手で楽器や機材に触れるな!!

 

 心の叫びを必死で抑えた。


「いえ、そうじゃなくて……!!」


 言葉は軽く流され、ゲームの音が再び鳴り出す。

 ボクはその場に立ち尽くすしかなかった。


 ――こんなはずじゃない。


 

 いつか本気になる日が来ると信じて、ボクは先輩たちを数日かけて説得した。


 だが、その日は来なかった。


「先輩!! 練習、もっと真面目に頑張りましょうよ!」


 思わず声を荒げると、ギターを持った先輩が面倒くさそうに振り返る。


「んあー? めんどくせーなぁ」

「俺たちはテキトーに楽しくやりたいんだよ」

「お前も、テキトーに楽しめばいいじゃん?」


「テキトーって……!」


 胸の奥が締めつけられ、頭に血が昇った。


「音楽は、そんなものじゃないです! もっと真剣に――」


「うるせえなあ」


 先輩は肩をすくめた。


「堅苦しいこと言うなよ。嫌ならやめれば?」


 その一言が、決定的だった。


 最悪な展開に、思わず頭を抱えた。


 このままじゃ、音楽を誰かに届けるどころじゃない。

 ましてや、舞台に立つなんて――。


 両親の言葉が、脳裏によみがえる。


 「――在学中に、バンドで結果を出せなければ、音楽を諦めなさい」


 ……ダメだ。



 この人たちとじゃ、ボクの音楽はできない。


 ぎゅっと拳を握った。


 自分で、集めよう。

 本気で音楽に向き合ってくれる仲間を――。


 理想と現実の間で、

 ボクは、自分の足で立つ決意をした。


 その時、部室の扉が遠慮がちに開かれた。

 

「あの、軽音学部に入部したいんですけど、初心者でも大丈夫ですか?」

 そこに立っていたのは、明るい金髪の女子生徒だった。

 

 その真っ直ぐな眼差しが、ボクの希望に見えた。

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