八夜 しょうぎのはなし

 その日も有紗は、夜、河原のベンチにいた。


「よーっす」


「お、来た!」


 短い挨拶をして、俺はベンチに腰掛けた。


「今日は」

 有紗が口を開く


「将棋を持ってきました!」


「うおっ!?まじか!」


 有紗は黒いリュックから将棋盤を取り出すと、勢いよく二人の間に置いた。


 そして、手早く扇を広げて、顔をあおぎ始める。

 扇には少し曲がった字で、「玉将」と書かれていた。


(えっ、そっち? "王将"じゃないの?)


「さて、朋也くん。

 ルールはわかるかい?」


 有紗がニヤリと素敵な笑みを浮かべて聞いてきた。


「もちろんだ。

 俺は小学生の時、将棋クラブで"角換わりの朋"と呼ばれていた男だ。

 手加減はできんから、負けて泣かないように心の準備を整えておくんだな」


 少しの沈黙。

 見つめ合う二人の目と目の間に火花が散った。


 今、壮絶な戦いの火蓋が切って落とされる……!



 ──────


 ────


 ……


「あのさ。有紗さん」


「はい。すみません」


「ルール知らないなら、最初からそう言おうよ……」


「はい。すみません」



 川の水がゆるやかに流れる音が、チャプチャプと聞こえる。

 有紗が扇の先端を握りしめ、下を向いて小さく唇を震わせた。




 そうやって、

 その日の夜は更けてゆく──。

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