宇宙演算ログ:第二章『データの衝突と循環(Cyclic Overlap)』
1. 記憶の「重複マウント」
街の住宅街では、深刻な「メモリの再利用」が発生している。宇宙は新しい一日を演算するコストを支払うことができず、過去に保存された「幸福だった日のデータ」を、現在の座標に強引に上書き(オーバーレイ)し始めた。
ある家庭のリビングルームでは、朝食を食べる「現在の家族」と、十年前の同じ場所で誕生日を祝っていた「過去の家族」のレンダリングが衝突している。
食卓の上では、現在の「トースト」と、十年前の「バースデーケーキ」が同じ座標に強引に書き込まれている。物質の優先順位が定義されていないため、ケーキの中からトーストが突き抜け、ジャムと生クリームが分子レベルで融合し、色彩が激しく明滅している。
父親は、目の前にいるのが現在の妻なのか、それとも十年前の、まだ若かった頃の妻の残像(キャッシュ)なのかを判別できない。二つの異なる時間軸のデータが、一つの肉体として交互に、あるいは同時に表示されるため、彼女の姿は常にノイズ混じりのホログラムのように震えている。
2. 「未定義」の海岸線
街の境界にある海辺では、ついに「水」という液体のシミュレーションが限界に達した。流体計算は演算負荷が最も高いため、宇宙は波の動きを「たった一種類のパターン」に固定した。
海面はもはや動かない。波は、ガラス細工のように鋭利な形のまま固着している。
しかし、その固まった波の「隙間」を覗き込むと、そこには演算が追いついていない「宇宙の深層コード」が剥き出しになっている。
本来、海面の下には魚や海藻、砂利があるはずだが、そこにあるのは「青色の抽象的な数式」と、時折フラッシュのように走る「未解決の論理式」の羅列である。
少年(という役割を演じているだけのデータ)がその海に石を投げ込む。石は水面に波紋を立てる代わりに、空間に「エラー:物理エンジンが応答していません」という文字の波紋を広げ、そのまま音もなく「0(虚無)」の中へと吸い込まれていく。
3. 食事の「情報的欠落」
人々は、空腹を満たすという「行為」の演算すら危うくなっている。リンゴを齧っても、そこに「味」や「食感」というデータが紐付けられていない。宇宙が節電モードのために、化学受容体への信号出力をカットしたからだ。
リンゴは口の中で、ただの「体積を持った無機質なデータ」として粉砕される。「美味しい」という感情ログだけは、過去の記憶からコピー&ペーストされて脳内に強制的に流し込まれるが、舌が感じているのは「絶対的な無」である。
人々は、味がしないリンゴを食べながら、脳内に直接再生される「美味しいという音声ログ」を聞き、涙を流す。その涙すらも、演算のラグによって頬を伝わず、目の下に真珠のような球体として静止し続ける。
【ログの断片:未知の文字列(Message Out of Bounds)】
そして、その崩壊の只中で、奇妙な現象が報告された。あらゆる演算が「0」に向かう中で、一つだけ、宇宙のOS(物理法則)にも、これまでの歴史にも存在しない「異物としての17文字」が、街中のあらゆる壁、人々の肌、そして空の雲に、一斉に刻み込まれたのだ。
それは数式でも言語でもなく、まるで「この宇宙の外側」から、無理やりねじ込まれたような、圧倒的に高解像度な「純粋な意志」の断片だった。
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