テイク4

 試しにテイク3の文字数を増やしてみました。

 ではどうぞ、お楽しみください。

 試行錯誤は当分続けないと駄目みたい。

――――――――――――――――――――――――

「信長様、今川が国境を越えました!」


 その報せが駆け込んだ瞬間、織田信長は立ち上がった。

 茶碗の湯気が揺れ、周囲の家臣たちの息が詰まる。だが、信長の眼には一片の迷いも浮かばない。


「そうであるか。出陣! 皆の者、ついてまいれ!」


 座を蹴るように立ち上がると、家臣たちは慌てて追いすがった。


「殿、どうかお待ちを! 軍議を、兵の準備を――」


「待たん!」


 その一喝は、場の空気を叩き割った。


「時が勝敗を決める。もたもたと評議に耽る暇があるなら、一歩でも敵に近づくがよい」


 信長は、一騎、手頃な常陸馬に跨がった。

 馬が嘶き、蹄が地を蹴る。風が信長の髪と、まだ若い頬を撫でていく。


 ――今川が動いた。

 ならば己もまた、動くのみ。



 先行するように吹く風を裂きながら、信長はただ前だけを見ていた。

 配下が後ろから追い縋り、槍を差し出す。


「殿、槍を!」


「受け取ろう」


 直槍を受け取りはしたものの、信長はひと瞥くと、何事もなかったかのように腰へ納めただけだった。


「……使わぬのですか?」


「必要とあらば抜く。その時までは、ただの鉄の棒よ」


 不意に、道の先に人影が立った。


「素っ破ごときに我が覇道は防げぬ!」


 黒装束。忍びの者――忍者が、信長の前に躍り出た。

 狙い澄ましたように弓を引き絞り、矢を放つ。


 ヒュン、と風を裂く音。

 だが矢は、信長の頬をかすめたのみで、背後の土を穿った。


「遅い」


 信長は馬から軽やかに飛び降りた。

 名刀が半月の光を描き、忍者の視界から世界がすっと消える。


 刃が通り抜けた後に残るのは、ただ血と、崩れ落ちた影だけだった。


「退け。先は急ぐ」


 振り返りもせず、信長は常陸馬へと再び跨がる。



 次に道を塞いだのは、鮮やかな鎧を纏った武者だった。


「今川方の武将か! 血祭りにあげてやる!」


 井伊直盛――その名は、敵ながら信長の耳にも届いていた。

 武威は高く、剛胆。今川の先鋒として相応しい男。


 直盛が名刀を抜き放つ。先に動いたのは、信長だった。


「どけ」


 疾風のような踏み込みから繰り出された斬撃は、直盛の鎧を易々と断ち、血飛沫を散らした。

 だが、倒れぬ。


「ぐっ……まだ、終わらぬわ!」


 直盛もまた、渾身の力を込めて斬り返す。

 刃が信長の胴を薙ぎ、熱い痛みが走った。


「……ほう」


 信長は、口元だけで笑った。


「やるではないか」


 彼の眼に宿る光は、怒りでも焦りでもなく、ただ愉悦に近い戦の昂ぶりだった。

 手にした大身槍をゆっくりと構える。


「ならば、これで終いだ」


 槍の穂先が、雷のような速さで一直線に伸びた。

 直盛の胸を貫き、そのまま背へと突き抜ける。


 井伊直盛は、己の敗北を悟った目のまま、崩れ落ちた。



「殿ーっ! 藤吉郎、ただいま参上!」


 甲高い声とともに、汗と泥にまみれた男が駆け寄ってきた。

 木下藤吉郎。小柄で、華やかさはない。だが、その目だけは妙に落ち着き、底知れぬ光を宿している。


「この藤吉郎、機転なら負けませぬ。殿のお役に立ってみせまする!」


「サル、遅いぞ」


「申し訳ございませぬ! ですが……」


 藤吉郎は、後方の兵から受け取った鉄砲――堺筒を、誇らしげに掲げた。


「これさえあれば、今川の首も近うございましょう!」


 信長は目を細める。


「鉄砲か。よい目をしておるな、藤吉郎。

  ならば見せてみよ。その機転とやらを」


 そこへさらに、馬上で颯爽と現れる影があった。


「殿、この朱槍に懸けて、義元の首あげてみせまする!」


 前田利家。

 朱に塗られた槍を担ぎ、その姿はまるで戦場に躍る若き修羅である。


「利家、来たか。お前の槍に期待しておるぞ」


「ははっ!」



 信長は懐から一冊の書を取り出した。

 それは、戦の極意を記した兵法――孫子の書。


「兵は詭道なり――」


 静かな声で読み上げるごとに、三人の胸の内に熱が灯っていくようだった。

 目には見えぬ力が、じわりと全身に満ちていく。


「殿の声を聞くと、不思議と身体が軽くなりまするな」


 藤吉郎が肩を回しながら笑う。

 利家は朱槍の柄を握り直した。


「言葉ひとつで、これほど心が奮い立つとは……さすがは我らが殿よ」



 短い休憩の折、ふと耳に柔らかな声が届いた。


「今川軍が国境を越えましたって……」


 近隣の娘たちが、噂話をしている。

 彼女たちにとってそれは、まだ遠い出来事のように聞こえているのかもしれない。


 だが、信長にとっては違う。


「――その国境を、今まさに切り裂いておるのだ」


 小さく呟いたその声は、誰の耳にも届かなかった。



「先を急ぎ過ぎたか……野武士など蹴散らしてくれる!」


 やがて、野武士が行く手を遮った。

 ならず者ではあるが、戦場の混乱の中では、こうした存在もまた刃を向けてくる。


「殿、ここはこの藤吉郎が!」


 藤吉郎が直槍を突き出す――が、野武士は身を翻し、その一撃を躱した。


「ちょこまかと……!」


 信長は一歩踏み出すと、弓も構えず、ただ近接の構えを取った。


「わざわざ矢を惜しむまでもない」


 拳、膝、足運び。あらゆる動きが鋭く、重い。

 野武士の懐へ入り込むと同時、渾身の一撃がその胸を打ち抜いた。


「ぐはっ……!」


 よろめいたところへ、利家が駆け込む。


「殿に刃向かう不届き者め!」


 乾いた音と共に野武士は地に沈んだ。



「先を急ぎ過ぎたか……野武士など蹴散らしてくれる!」


 もう一人の野武士が現れる。

 今度は利家が朱槍を構えた。


「任されよ!」


 槍が風を裂き、一直線に突き出される。

 その一突きは、先ほどよりさらに鋭く、速かった。


 野武士は避ける暇もなく、胸を貫かれた。


「お見事!」


 藤吉郎が感嘆の声を上げる。

 利家は鼻を鳴らした。


「この程度、準備運動にすぎぬわ」



 戦いの余熱がまだ残る中、後方から駆けてきた配下が、信長のもとへ駆け寄った。


「殿、鉄砲を!」


 両手で捧げ持たれたそれは、重く、そしてどこか禍々しい威圧感を持っていた。


「雑賀筒か」


 信長はゆっくりとそれを受け取る。

 手に伝わる鉄と火薬の重み。その一発が、戦場の趨勢を変える力を持つ。


「ふむ……良い。これで、より面白くなる」


 藤吉郎が羨ましそうにそれを見つめる。


「殿、その筒……いかにも頼もしゅうございますな」


「サル、目を輝かせるな。殿の使うべきものよ」


 利家が笑いながらたしなめる。

 だがその目もまた、戦への期待で輝いていた。



 風が、少し冷たくなった。

 空を見上げれば、雲が流れ、日が隠れたり顔を出したりしている。


 ――今川義元は、まだ先か。

 だが、確実に近づいている。


 信長は雑賀筒の重みを確かめ、腰にある名刀、大身槍、根来筒――己の武のすべてに指先で触れていった。


「サル。利家」


 呼ばれて、二人が同時に顔を上げる。


「これより先は、真の戦場よ。

  その覚悟、できておるな」


「もちろんでございますとも!」


 藤吉郎の声は、震えていながらも揺らぎはなかった。

 利家は朱槍を肩に担ぎ、にやりと笑う。


「殿、わしの槍が鈍ることなど一度もござらぬ。首級の一つや二つ、いかようにも」


 信長は、ふっと笑みを漏らした。


「よかろう。

  ならば――行くぞ。東海一の弓取りとやらに、織田の名を刻んでくれよう」


 常陸馬が嘶き、三騎は再び走り出した。

 風が、烈火の如き彼らの進軍を押すように、前へ、前へと吹いていた。



 雑賀筒を受け取った瞬間、織田信長の掌にずしりとした重みが伝わった。

 鉄と火薬の匂いが鼻を刺し、戦場の空気がさらに鋭さを増す。


「……良い。これで、より面白くなる」


 信長は静かに呟いた。

 その声音には、恐れも焦りもない。ただ、戦を愉しむ者だけが持つ静かな熱が宿っていた。



 その時、前方の茂みが揺れた。

 次の敵が姿を現す。


「今川方の武将か! 血祭りにあげてやる!」


 岡部元信――今川家の重臣。

 その武威は七十八。

 ただの武将ではない。

 義元の信頼厚く、戦場を幾度も潜り抜けてきた猛者だ。


 利家が朱槍を構え、馬を蹴った。


「殿、まずはこの利家が!」


 槍が閃く。

 だが元信は身を翻し、利家の突きを紙一重で避けた。


「ぬっ……!」


 利家が歯噛みする。

 その隙を逃さず、藤吉郎が弓を引き絞った。


「利家殿、下がってくだされ!」


 放たれた矢は、風を裂き、元信の肩口に深々と突き刺さった。


「ぐあっ……!」


 元信の体が揺れる。

 その一瞬の隙を、信長は見逃さなかった。


「そこだ」


 大身槍を構え、地を蹴る。

 槍の穂先が雷のように走り、元信の胸を貫いた。


「が……は……!」


 岡部元信は、己の敗北を悟った目のまま、地に崩れ落ちた。



「素っ破ごときに我が覇道は防げぬ!」


 次に現れたのは忍者だった。

 黒装束が風に揺れ、殺気が漂う。


 信長は名刀を抜いた。

 その動きは、まるで刃が自ら抜け出したかのように滑らかだった。


「退け」


 一閃。

 忍者は声を上げる暇もなく、影のように崩れ落ちた。



「よほど今川方に召し抱えられたいとみえる! 哀れな奴よ!」


 浪人が現れた。

 その目には、金と名誉への渇望が宿っている。


 利家が先に動いた。

 弓はない。だが、拳でも十分だ。


「どけい!」


 利家の拳が浪人の顔面を捉え、血が飛び散る。

 浪人がよろめいたところへ、信長の名刀が閃いた。


「散れ」


 刃が浪人の胸を裂き、男は地に沈んだ。



 戦いの余熱が漂う中、後方から馬の嘶きが響いた。


「殿、馬を!」


 差し出されたのは、甲州馬。

 前田利家がその背に跨がると、まるで風そのものになったかのように軽やかだった。


「ほう……これは良い馬よ」


 利家は満足げに鼻を鳴らした。


 その直後、利家の身体から熱が立ち昇るような気配が広がった。


「常日頃の鍛錬こそ、必勝の理!」


 利家の命脈がみるみる回復していく。

 その気迫に当てられたように、藤吉郎も信長も身体が軽くなった。


「サル、やらんか!」


「ひっ、殿! い、今やっておりまする!」


 藤吉郎が慌てて背筋を伸ばす。

 信長は小さく笑った。


「体を動かすのも悪くないな」



 そして――

 戦場の空気が変わった。


 風が止まり、空気が重く沈む。

 遠くから、豪奢な装束を纏った武将が姿を現した。


「東海一の弓取りとて恐れるに足らん! そっ首落としてくれる!」


 今川義元。

 その武威は百七十。

まさに大名の中の大名である。


 利家が朱槍を構え、馬を蹴った。


「殿、まずはこの利家が!」


 槍が閃き、義元の鎧を裂いた。

 だが義元は怯まない。


「小癪な……!」


 信長が名刀を抜き、義元へ斬りかかる。

 刃が義元の胸を裂き、血が飛び散る。


「殿、続きまする!」


 藤吉郎が直槍を構え、義元の脇腹へ突きを放つ。

 槍が肉を裂き、義元の体が揺れた。


「ぐっ……!」


 義元は怒りに震えながら、槍を構えた。

 だが藤吉郎は身を翻し、その一撃を躱した。


「殿、今です!」


 利家が叫ぶ。

 信長は名刀を握りしめ、義元へと踏み込んだ。


「義元――そなたの時代は終わる」


 名刀が閃き、義元の胸を深々と裂いた。


「ば……馬鹿な……!」


 今川義元は、己の敗北を悟った目のまま、地に崩れ落ちた。



 風が吹き抜ける。

 その風は、まるで戦国の世が震えているかのようだった。


 信長は静かに刀を納めた。


「勝ったぞ。だが……覇道はまだ続く」


 藤吉郎と利家が並び立つ。


「殿、次もお供いたしまする!」


「この朱槍、まだまだ働きますぞ!」


 信長は二人を見つめ、静かにうなずいた。


「行くぞ。天下布武の道は、ここからだ」


 風が三人の背を押した。

 その風は、戦国の世を変える者たちの歩みを祝福するかのようだった。



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