テイク4
試しにテイク3の文字数を増やしてみました。
ではどうぞ、お楽しみください。
試行錯誤は当分続けないと駄目みたい。
――――――――――――――――――――――――
「信長様、今川が国境を越えました!」
その報せが駆け込んだ瞬間、織田信長は立ち上がった。
茶碗の湯気が揺れ、周囲の家臣たちの息が詰まる。だが、信長の眼には一片の迷いも浮かばない。
「そうであるか。出陣! 皆の者、ついてまいれ!」
座を蹴るように立ち上がると、家臣たちは慌てて追いすがった。
「殿、どうかお待ちを! 軍議を、兵の準備を――」
「待たん!」
その一喝は、場の空気を叩き割った。
「時が勝敗を決める。もたもたと評議に耽る暇があるなら、一歩でも敵に近づくがよい」
信長は、一騎、手頃な常陸馬に跨がった。
馬が嘶き、蹄が地を蹴る。風が信長の髪と、まだ若い頬を撫でていく。
――今川が動いた。
ならば己もまた、動くのみ。
◆
先行するように吹く風を裂きながら、信長はただ前だけを見ていた。
配下が後ろから追い縋り、槍を差し出す。
「殿、槍を!」
「受け取ろう」
直槍を受け取りはしたものの、信長はひと瞥くと、何事もなかったかのように腰へ納めただけだった。
「……使わぬのですか?」
「必要とあらば抜く。その時までは、ただの鉄の棒よ」
不意に、道の先に人影が立った。
「素っ破ごときに我が覇道は防げぬ!」
黒装束。忍びの者――忍者が、信長の前に躍り出た。
狙い澄ましたように弓を引き絞り、矢を放つ。
ヒュン、と風を裂く音。
だが矢は、信長の頬をかすめたのみで、背後の土を穿った。
「遅い」
信長は馬から軽やかに飛び降りた。
名刀が半月の光を描き、忍者の視界から世界がすっと消える。
刃が通り抜けた後に残るのは、ただ血と、崩れ落ちた影だけだった。
「退け。先は急ぐ」
振り返りもせず、信長は常陸馬へと再び跨がる。
◆
次に道を塞いだのは、鮮やかな鎧を纏った武者だった。
「今川方の武将か! 血祭りにあげてやる!」
井伊直盛――その名は、敵ながら信長の耳にも届いていた。
武威は高く、剛胆。今川の先鋒として相応しい男。
直盛が名刀を抜き放つ。先に動いたのは、信長だった。
「どけ」
疾風のような踏み込みから繰り出された斬撃は、直盛の鎧を易々と断ち、血飛沫を散らした。
だが、倒れぬ。
「ぐっ……まだ、終わらぬわ!」
直盛もまた、渾身の力を込めて斬り返す。
刃が信長の胴を薙ぎ、熱い痛みが走った。
「……ほう」
信長は、口元だけで笑った。
「やるではないか」
彼の眼に宿る光は、怒りでも焦りでもなく、ただ愉悦に近い戦の昂ぶりだった。
手にした大身槍をゆっくりと構える。
「ならば、これで終いだ」
槍の穂先が、雷のような速さで一直線に伸びた。
直盛の胸を貫き、そのまま背へと突き抜ける。
井伊直盛は、己の敗北を悟った目のまま、崩れ落ちた。
◆
「殿ーっ! 藤吉郎、ただいま参上!」
甲高い声とともに、汗と泥にまみれた男が駆け寄ってきた。
木下藤吉郎。小柄で、華やかさはない。だが、その目だけは妙に落ち着き、底知れぬ光を宿している。
「この藤吉郎、機転なら負けませぬ。殿のお役に立ってみせまする!」
「サル、遅いぞ」
「申し訳ございませぬ! ですが……」
藤吉郎は、後方の兵から受け取った鉄砲――堺筒を、誇らしげに掲げた。
「これさえあれば、今川の首も近うございましょう!」
信長は目を細める。
「鉄砲か。よい目をしておるな、藤吉郎。
ならば見せてみよ。その機転とやらを」
そこへさらに、馬上で颯爽と現れる影があった。
「殿、この朱槍に懸けて、義元の首あげてみせまする!」
前田利家。
朱に塗られた槍を担ぎ、その姿はまるで戦場に躍る若き修羅である。
「利家、来たか。お前の槍に期待しておるぞ」
「ははっ!」
◆
信長は懐から一冊の書を取り出した。
それは、戦の極意を記した兵法――孫子の書。
「兵は詭道なり――」
静かな声で読み上げるごとに、三人の胸の内に熱が灯っていくようだった。
目には見えぬ力が、じわりと全身に満ちていく。
「殿の声を聞くと、不思議と身体が軽くなりまするな」
藤吉郎が肩を回しながら笑う。
利家は朱槍の柄を握り直した。
「言葉ひとつで、これほど心が奮い立つとは……さすがは我らが殿よ」
◆
短い休憩の折、ふと耳に柔らかな声が届いた。
「今川軍が国境を越えましたって……」
近隣の娘たちが、噂話をしている。
彼女たちにとってそれは、まだ遠い出来事のように聞こえているのかもしれない。
だが、信長にとっては違う。
「――その国境を、今まさに切り裂いておるのだ」
小さく呟いたその声は、誰の耳にも届かなかった。
◆
「先を急ぎ過ぎたか……野武士など蹴散らしてくれる!」
やがて、野武士が行く手を遮った。
ならず者ではあるが、戦場の混乱の中では、こうした存在もまた刃を向けてくる。
「殿、ここはこの藤吉郎が!」
藤吉郎が直槍を突き出す――が、野武士は身を翻し、その一撃を躱した。
「ちょこまかと……!」
信長は一歩踏み出すと、弓も構えず、ただ近接の構えを取った。
「わざわざ矢を惜しむまでもない」
拳、膝、足運び。あらゆる動きが鋭く、重い。
野武士の懐へ入り込むと同時、渾身の一撃がその胸を打ち抜いた。
「ぐはっ……!」
よろめいたところへ、利家が駆け込む。
「殿に刃向かう不届き者め!」
乾いた音と共に野武士は地に沈んだ。
◆
「先を急ぎ過ぎたか……野武士など蹴散らしてくれる!」
もう一人の野武士が現れる。
今度は利家が朱槍を構えた。
「任されよ!」
槍が風を裂き、一直線に突き出される。
その一突きは、先ほどよりさらに鋭く、速かった。
野武士は避ける暇もなく、胸を貫かれた。
「お見事!」
藤吉郎が感嘆の声を上げる。
利家は鼻を鳴らした。
「この程度、準備運動にすぎぬわ」
◆
戦いの余熱がまだ残る中、後方から駆けてきた配下が、信長のもとへ駆け寄った。
「殿、鉄砲を!」
両手で捧げ持たれたそれは、重く、そしてどこか禍々しい威圧感を持っていた。
「雑賀筒か」
信長はゆっくりとそれを受け取る。
手に伝わる鉄と火薬の重み。その一発が、戦場の趨勢を変える力を持つ。
「ふむ……良い。これで、より面白くなる」
藤吉郎が羨ましそうにそれを見つめる。
「殿、その筒……いかにも頼もしゅうございますな」
「サル、目を輝かせるな。殿の使うべきものよ」
利家が笑いながらたしなめる。
だがその目もまた、戦への期待で輝いていた。
◆
風が、少し冷たくなった。
空を見上げれば、雲が流れ、日が隠れたり顔を出したりしている。
――今川義元は、まだ先か。
だが、確実に近づいている。
信長は雑賀筒の重みを確かめ、腰にある名刀、大身槍、根来筒――己の武のすべてに指先で触れていった。
「サル。利家」
呼ばれて、二人が同時に顔を上げる。
「これより先は、真の戦場よ。
その覚悟、できておるな」
「もちろんでございますとも!」
藤吉郎の声は、震えていながらも揺らぎはなかった。
利家は朱槍を肩に担ぎ、にやりと笑う。
「殿、わしの槍が鈍ることなど一度もござらぬ。首級の一つや二つ、いかようにも」
信長は、ふっと笑みを漏らした。
「よかろう。
ならば――行くぞ。東海一の弓取りとやらに、織田の名を刻んでくれよう」
常陸馬が嘶き、三騎は再び走り出した。
風が、烈火の如き彼らの進軍を押すように、前へ、前へと吹いていた。
◆
雑賀筒を受け取った瞬間、織田信長の掌にずしりとした重みが伝わった。
鉄と火薬の匂いが鼻を刺し、戦場の空気がさらに鋭さを増す。
「……良い。これで、より面白くなる」
信長は静かに呟いた。
その声音には、恐れも焦りもない。ただ、戦を愉しむ者だけが持つ静かな熱が宿っていた。
◆
その時、前方の茂みが揺れた。
次の敵が姿を現す。
「今川方の武将か! 血祭りにあげてやる!」
岡部元信――今川家の重臣。
その武威は七十八。
ただの武将ではない。
義元の信頼厚く、戦場を幾度も潜り抜けてきた猛者だ。
利家が朱槍を構え、馬を蹴った。
「殿、まずはこの利家が!」
槍が閃く。
だが元信は身を翻し、利家の突きを紙一重で避けた。
「ぬっ……!」
利家が歯噛みする。
その隙を逃さず、藤吉郎が弓を引き絞った。
「利家殿、下がってくだされ!」
放たれた矢は、風を裂き、元信の肩口に深々と突き刺さった。
「ぐあっ……!」
元信の体が揺れる。
その一瞬の隙を、信長は見逃さなかった。
「そこだ」
大身槍を構え、地を蹴る。
槍の穂先が雷のように走り、元信の胸を貫いた。
「が……は……!」
岡部元信は、己の敗北を悟った目のまま、地に崩れ落ちた。
◆
「素っ破ごときに我が覇道は防げぬ!」
次に現れたのは忍者だった。
黒装束が風に揺れ、殺気が漂う。
信長は名刀を抜いた。
その動きは、まるで刃が自ら抜け出したかのように滑らかだった。
「退け」
一閃。
忍者は声を上げる暇もなく、影のように崩れ落ちた。
◆
「よほど今川方に召し抱えられたいとみえる! 哀れな奴よ!」
浪人が現れた。
その目には、金と名誉への渇望が宿っている。
利家が先に動いた。
弓はない。だが、拳でも十分だ。
「どけい!」
利家の拳が浪人の顔面を捉え、血が飛び散る。
浪人がよろめいたところへ、信長の名刀が閃いた。
「散れ」
刃が浪人の胸を裂き、男は地に沈んだ。
◆
戦いの余熱が漂う中、後方から馬の嘶きが響いた。
「殿、馬を!」
差し出されたのは、甲州馬。
前田利家がその背に跨がると、まるで風そのものになったかのように軽やかだった。
「ほう……これは良い馬よ」
利家は満足げに鼻を鳴らした。
その直後、利家の身体から熱が立ち昇るような気配が広がった。
「常日頃の鍛錬こそ、必勝の理!」
利家の命脈がみるみる回復していく。
その気迫に当てられたように、藤吉郎も信長も身体が軽くなった。
「サル、やらんか!」
「ひっ、殿! い、今やっておりまする!」
藤吉郎が慌てて背筋を伸ばす。
信長は小さく笑った。
「体を動かすのも悪くないな」
◆
そして――
戦場の空気が変わった。
風が止まり、空気が重く沈む。
遠くから、豪奢な装束を纏った武将が姿を現した。
「東海一の弓取りとて恐れるに足らん! そっ首落としてくれる!」
今川義元。
その武威は百七十。
まさに大名の中の大名である。
利家が朱槍を構え、馬を蹴った。
「殿、まずはこの利家が!」
槍が閃き、義元の鎧を裂いた。
だが義元は怯まない。
「小癪な……!」
信長が名刀を抜き、義元へ斬りかかる。
刃が義元の胸を裂き、血が飛び散る。
「殿、続きまする!」
藤吉郎が直槍を構え、義元の脇腹へ突きを放つ。
槍が肉を裂き、義元の体が揺れた。
「ぐっ……!」
義元は怒りに震えながら、槍を構えた。
だが藤吉郎は身を翻し、その一撃を躱した。
「殿、今です!」
利家が叫ぶ。
信長は名刀を握りしめ、義元へと踏み込んだ。
「義元――そなたの時代は終わる」
名刀が閃き、義元の胸を深々と裂いた。
「ば……馬鹿な……!」
今川義元は、己の敗北を悟った目のまま、地に崩れ落ちた。
◆
風が吹き抜ける。
その風は、まるで戦国の世が震えているかのようだった。
信長は静かに刀を納めた。
「勝ったぞ。だが……覇道はまだ続く」
藤吉郎と利家が並び立つ。
「殿、次もお供いたしまする!」
「この朱槍、まだまだ働きますぞ!」
信長は二人を見つめ、静かにうなずいた。
「行くぞ。天下布武の道は、ここからだ」
風が三人の背を押した。
その風は、戦国の世を変える者たちの歩みを祝福するかのようだった。
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