第二話 廃寺

 都の北端にある山寺── かつては修験の根本道場として名を馳せたが、今は廃れ、本堂だけが辛うじて雨風をしのぐほどの朽ち具合だった。

 天皇の影の守護者である天羽一族が、堂々と集まれるのはこういう場所だけだ。都の屋敷に彼らが群れれば、ただちに疑いの目を向けられる。山伏・修験が出入りしていた古寺なら、武骨な者らが通っても怪しまれぬ──ゆえにここは、天羽家にとって最も安全な密議の地だった。

 今宵、守護任務につく残火と数名の闇任を除き、天羽家の別式、闇任がすべて本堂に集った。

 闇に沈む巨大な不動明王の像を背に、天羽静連が立つ。その左右には、嫡子、静麻と弟の統麻。

 静連の声が、湿り気を帯びた堂内に低く落ちる。

「皆に集まってもらったのは──帝より、重大なる任を仰せつかったがゆえだ」

 重く響き、闇に沈む眼差しが全員をなぞる。

「任はただひとつ。雉裂一族──南朝神衛衆を、一人残らず討ち果たす」

 瞬間、本堂の空気がぴんと張りつめた。次の刹那、別式の一部は息を呑み、闇任らは互いに顔を見合わせ、抑えきれぬざわめきが広がりかけた。

 そのざわめく気配の奥、本堂の最後列で隻眼の暗丞が、片眼をわずかに細めた。表情は動かぬままだが、沈んでいた刃の角度が静かに変わるような気配を帯びる。

 対して、閏は石像のように動かない。同族粛清の話にも感情の波が一切立たず、まるで興味という回路そのものを欠くようだった。

「静まれいッ!」

 静麻の叱声が堂を震わせ、ざわめきは一斉に沈黙へと押し戻された。

 静けさの隙を縫うように、弦鬼が歩み出た。筋骨隆々の男だが、その礼儀は整っている。

「棟梁殿──お伺いしてもよろしいか」

 静連は目で促す。問え。

「申すまでもなく、神衛衆同士は刃を交えぬ、盾と徹する──これが不文律。それを破れと、かような……」

 静連の声が、落ち葉を踏むような静けさで返った。

「北朝と南朝は、半年のうちに一本化される。神衛衆は二つと要らぬ──と、既に決した。残るは北朝と定まった。故に、雉裂を消す」

 本堂全体が冷えこむ。

 その時、黒泉がぼそりと呟いた。

「なるほど……それで、我らが誅殺の任を負うわけですな」

 その声音にどこか湿った毒気が混じり、静麻は胸の奥がざらりとした。

 静連は続ける。

「作戦は秘匿のうちに進められる。まず北朝側で恩賞の儀を催し、雉裂の主だった者を一堂に集める」

 ざわつく声がまた広がる。

「そこを我らが討ち果たす。同時に別動が雉裂の里へ忍び込み──長幼を問わず、皆殺しにする」

 静麻の胸に鈍いものが走る。

 対照的に、統麻の肩は僅かに震え、興奮を抑えきれぬ様子。

(……此奴、狂気に呑まれるやも知れん)

「時は、いつに?」

 弦鬼が問う。

「二十六日の昼前だ」

 その言葉の重みに、誰もが息を呑んだ。

 静連は続ける。

「情報の多くは南朝の吉田様より頂いた。しかし、我が方でも確かめる必要がある。──誰ぞ、吉野へ忍べる者はおるか」

 南朝の、という言葉に大半が息を飲んだ。改めて雉裂一族が味方からも見放されたことが伺える。

 そんな思惑の合間を縫って、影がするりと前へ出た。

「その任……私が参りませう」

 気配を消すことにかけては一族随一、砂月である。

 静連の目が光った。

「良いか。気取られるな。刃を交えるな。素性を悟られるな。……もし、捕まったならば──顔を焼き、自害せよ」

「承知」

 砂月は一切揺れぬ声で返した。

「闇任を三名選べ」

「は。馬陸やすで

「おうっ」

風割かざわり

「おうっ」

不瑞ふずい

「おうっ」

 砂月は三名を選び、その背に従える。

「今夜、すぐに発ちます」

「許す。影の加護を祈る」

 こうして当夜の議は閉じられた。本堂の灯がひとつ、またひとつ落とされる。古い寺は再び闇に沈むが──

 その闇の底には、人知れず蠢く殺意が満ちていた。天羽一族にとって、もう後戻りはなかった。

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