第3話


 それから何日か経過したある日、わたしはいつものように北館のトイレから帰って自分の席で突っ伏していた。

 このまま眠りに就いてもいいようないい気分だったとき、近くに座っていた女子たちの会話が聞こえてきた。

 どうせまたどうでもいい話なんだろうと思っていたのに、彼女たちの会話はわたしの心を揺り動かしたのだった。


「知ってる? 北館のトイレの話」

「北館のトイレの話? なにそれ」

「あそこの三階のトイレってさ、全然使われてないでしょ? 噂だと、一番奥の個室に女の幽霊が出るって話だよ」

「女の幽霊?」

「そうそう。なんか、昔あのトイレで自殺した女子生徒がいたんだって。首を吊ったみたいだよ」

「え、怖っ」

「でね、その子は友だちもいなくて、いつもトイレに閉じこもってたんだって。だから、その個室に入ると女の子の声が聞こえてくるっていう噂」

「えー、怖い。もうやめてよー。なんでそんな話すんのよ、私怖い話苦手なのに」

「あははは、マジでビビってるじゃん、ウケる」


 女の幽霊? 三階の一番奥のトイレは、わたしがいつも入る個室だ。

 じゃあ、もしかしたらあの返事も幽霊だった可能性もある、ってこと?

 うそだ、そんな訳ない。幽霊だなんて。

 わたしは机の上で顔を両腕に埋めながら何度も頭を振った。

 落書きの相手が幽霊……。やっと出来た友人だと思った相手が、人間じゃなく幽霊……。

 ただ、よく考えれば妥当な気もした。

 わたしにはありがたいことだ。

 幽霊だとしても、わたしと仲良くしようとしてくれている。そんな相手を悪く思うのは良くないんじゃないか。

 たとえ幽霊だとしても、いいじゃないか。

 その考えに行き着いたとき、わたしは心の底から喜ぶことが出来た。友だちとの拙い会話を。

 



『ねえ、あなたはなんていう名前なの?』

『わたしの名前は、冬子。あなたは?』

『いい名前ね。私は千津子。ちづこって読むのよ』

『素敵な名前。千津子は何年生? わたしは高一』

『私も高一よ。同い年ね。クラスには馴染めた?』

『全然。ずっと一人。だから、いつもここへ来てる』

『そっか。私も同じ。あなたと同じよ』

『ねえ、千津子。わたしと友だちになってよ』

『嬉しい。そんなこと言ってくれるなんて。ずっと一緒にいましょう。私、冬子がいればほかに何もいらないわ』

『ありがとう。わたしも』


 毎日の短い言葉のやり取りは続いていき、日が進むにつれてわたしたちの仲は深まっていった。

 姿が見えなくても、彼女の優しさが伝わってくる、そんな気がした。恐怖なんてない。わたしに出来た唯一の友だちだから。

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