第27話 狂犬お市様の尾張伝説の狂犬ライブ二日目 午後講演

天文十六年(西暦一五四七年)初夏・八月九日

尾張・熱田神宮 盆踊り夏祭り大会/特設野外会場

柴田勝家(権六)目線

わしは柴田勝家。

通称、権六。

二つ名は――鬼柴田。

織田家において武の筆頭。

槍を尊び、戦を尊び、前に出て敵を叩き潰すのが役目。

信秀様、信長様より、先鋒大将を任されておることを、わしは誇りに思っておる。

……思っておる、のだが。

「狂犬様」

「尾張の狂犬」

「狂犬姫」

最近、主君の妹君――お市様に、

どう考えても物騒すぎる二つ名がついてしまった。

いや、分かる。

分かるのだ。

お市様は――

めっちゃ可愛い。

めっちゃ美人。

……いかん!!

鬼柴田、主君の姫様を前に、なんたる不敬!!

だが、美人であることは事実である。

そして――強い。

尋常ではない。

武の匂いではない。

だが、戦場よりも人を動かす力を持っておられる。

信長様より命があった。

「権六、

今日の午後も、妹の様子を見てこい。

何をしでかすか分からん」

……胃が痛くなる命令である。

だが、これは公務。

断じて、推し活ではない。

断じて、私的な理由などない。

(※後で自分に言い聞かせるため、三回唱えた)

■鬼柴田、再び町人に変装する

昨日と同じく、変装する。

・地味な木綿

・頭巾

・刀は置いてきた

・背を丸める努力(誤差)

……無理がある。

だが、今日は夕刻。

人の数が、昨日の比ではない。

熱田神宮周辺は、

数千か、数万か、もはや分からぬ人の海。

戦でも、これほどの密集はそうそう見ぬ。

城攻めより人口密度が高い。

しかも、全員が笑顔だ。

――異常である。

■狂犬堂、午後はさらに戦場

狂犬堂前。

人が、人を呼び、

銭が、銭を呼び、

声が、声を殴っている。

「団子焼けてます!」

「煎餅無料は子供だけだぞー!」

「胃薬効くぞー!」

「化粧水は昼と夜で使い分けだ!」

……何屋だ。

だが、売れている。

異様なほど売れている。

わしも、警護のため、補給を行う。

団子と煎餅を買う。

これは公務である(二回目)。

味噌煎餅をかじった瞬間、思った。

(……うまい)

腹が満たされると、心も落ち着く。

これも策略か。

姫様、恐ろしい。

■夕刻、篝火、そして狂犬姫

太陽が傾く。

篝火が焚かれる。

昼とは違う空気だ。

熱が、落ち着くどころか、濃くなる。

人々の視線が、一点に集まる。

――来る。

舞台奥。

空気が、姫様側に歪む。

お市様、登場。

……くっ。

いかん。

いかんぞ権六。

主君の姫様に対し、

「最高」などと思ってはならぬ。

だが――

最高だ。

美貌は、もはや凶器。

香りは、距離を越えて刺さる。

立ち姿だけで、場の主導権を奪っておられる。

衣装は、寧々殿の狂犬織。

漆黒と深紅。

戦場で着たら目立ちすぎて死ぬが、

祭りでは正解すぎる。

三味線を構える姿は、

武将よりも威圧感がある。

■演目開始:尾張が一つになる音

一曲目。

「尾張じょんがら節」

弦が鳴った瞬間、

腹の奥が、どん、と揺れた。

二曲目。

「尾張りんご節」

人が、跳ねる。

声が、重なる。

三曲目。

「熱田に咲く華」

……これは、危険だ。

お市様の視線が、

観客一人一人を見ている気がする。

四曲目。

「俺たちの織田家臣団」

ここで、波が来た。

周囲が、拳を上げる。

叫ぶ。

歌う。

この波に乗らねば、

逆に怪しい。

――よし。

わしも拳を上げる。

「姫様ぁぁぁ!!」

叫んだ。

鬼柴田、全力で。

「俺たち織田家臣団!!」

「俺たちの尾張だーーー!!」

……満足した。

腹の底から叫んだ。

喉が痛い。

だが、心が軽い。

■鬼柴田、悟る

これは――戦ではない。

だが、動員だ。

統率だ。

士気操作だ。

姫様は、

刀も槍も持たず、

三味線一本で――

尾張を、一つにしている。

戦場でこれができたら、

どれほど恐ろしいか。

いや、もう恐ろしい。

……だが。

やはり、可愛い。

(いかん!!四回目!!)

■本日の警護、完璧

不審者なし。

騒乱なし。

死人なし。

笑顔だけが増え、

銭だけが回り、

胃だけが治る。

ふむ。

今日も警護は完璧だ。

(※完全に私的な推し活である)

◉狂犬記/作者:桃(感想と日記)

天文十六年 八月九日 午後

鬼柴田様、午後も来ていた。

完全に町人のつもりらしいが、

どう見ても鬼だった。

でも叫び声は誰よりも大きかった。

「俺たちの尾張だーーー!」は、

もう狂犬側の人間である。

姫様はそれを見て、満足そうにニヤッとしていた。

私は胃が痛いが、

尾張は今日も平和だ。

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