第12話 狂犬お市様の狂犬式軍資金 ――銭は、稼いでナンボ。回してナンボ――
狂犬記/作者:桃(お市様祐筆)
天文十六年(西暦1547年)四月五日 春 晴れのち強風
尾張国・清洲城
熱田が、まだ熱い。
いや、気温の話ではない。
熱田という町そのものが、まだ興奮しているのだ。
この二、三日。熱田の商人衆の顔は、全員が同じ表情をしている。
「……儲けた……」
「夢か……?」
「姫様……恐ろしい……いや、ありがたい……!」
そして、その熱狂の中心――
世界一の美貌(自称も他称も世界一)で、世界一めんどくさい(これも他称)
我らが主君、織田市様(十一歳)は。
清洲城の廊下を、いつも通りの顔で歩いていた。
まるで「昨日の夕飯がうまかった」くらいのテンションで。
後ろには、私、祐筆の桃。
そのさらに後ろに、木下藤吉郎殿。
藤吉郎殿は――この数ヶ月で、身体は見違えるほど締まり、目つきも鋭くなった。
だが。
髪が。
髪が、ない。
光り満ち足りている。
私は、思った。
(“英雄トレーニング”って、髪まで代償にするのかしら)
藤吉郎殿は、今日も今日とて、お市様の背中を見つめていた。
表情は真剣そのもの。
(藤吉郎殿、意図を考えて知恵にしようとしている……偉い……偉いけど、今の状況で意図とか言ってる場合か……?)
■ 清洲会議、再び:信秀様と信長様が「儲けすぎ」を叱る
清洲の広間。
そこに座っていたのは、父上・信秀様と、兄上・信長様。
信長様の顔は、また胃が痛い顔。
信秀様の顔は、胃と頭が痛い顔。
そして机の上には、札束――いや、銭袋が山になっていた。
信長様が低い声で言う。
「市」
お市様は、にこにこ。
「なんじゃ兄上。褒めに来たのか?」
信長様「褒めに来たわけがあるか!!」
信秀様がこめかみを押さえ、深いため息をついた。
「市よ……熱田の件……」
お市様「うむ。大成功じゃったな」
信秀様「そういう意味ではない……!」
信長様が銭袋を指で弾く。
「おい。これは何だ」
お市様は堂々と言った。
「銭じゃ」
信長様「知っとる!!」
信秀様「……どれだけ稼いだ……?」
お市様は、少し考えるふりをした。
(※ふりである。たぶん全部把握している)
「つけ払って――一万貫かの」
広間の空気が、スッ……と止まった。
藤吉郎殿「……い、いちまんかん……?」
私「……一万……貫……?」
信秀様「三日で……一万貫……?」
お市様「そうじゃ。じゃから申したであろ?」
信長様は、目を細めて、ゆっくり言った。
「市……おまえ……何を目指している」
お市様は、胸を張った。
「天下」
信長様「おい」
お市様「冗談じゃ。……半分な」
信長様「半分あるな!? こわいわ!!」
■ “儲けすぎ”は罪か:お市様の経済観(狂犬式)
信秀様は、重々しく口を開いた。
「市よ……銭を稼ぐのは良い。だがな……」
信長様が続ける。
「目立ちすぎる。
商人は喜ぶが、他所の国が嗅ぎつける。
“織田の姫が銭を産む”など――」
お市様は、ふっと笑った。
「嗅ぎつけたら、嗅ぎつけたでよい」
信長様「よくない」
お市様「欲しがったら、売ってやればよい」
信長様「よくない」
お市様「奪いに来たら」
信長様「来たら?」
お市様は、にっこり笑って、両手のガントレットを軽く打ち合わせた。
カン。
「タコ殴りじゃ」
信長様「出たな!! それしかないのか!!」
お市様は、さらっと言った。
「銭は稼いでナンボ、回してナンボ。
溜め込むだけでは、ただの銭袋じゃ。
回せば、人が動く。
人が動けば、国が動く。
国が動けば――戦で死なずに済む者が増える」
信秀様が、少しだけ目を見開いた。
「……市……」
信長様が眉をひそめる。
「……理屈は……分からんでもないが……おまえ十一だぞ」
お市様「年齢は関係ない。美人は正義じゃ」
信長様「そこは関係ある!!」
■ うつけ殿、胃が限界:お市様の“特製胃薬”爆誕
信長様は、銭袋の山を見て、こめかみを押さえた。
「……胃が……」
お市様が、すかさず立ち上がる。
「おお、兄上。やはり胃か」
信長様「おまえのせいだ」
お市様「安心せよ。わらわ、医師の心得がある」
私(桃)は、背筋が凍った。
(嫌な予感しかしない……!)
お市様は、どこからともなく小袋を取り出した。
そして、鼻歌まじりで言う。
「ほれ、兄上。わらわ特製胃薬ぞ」
信長様「……いつ作った」
お市様「先ほど煎じた」
信長様「先ほど!? 今!? ここで!? どこで煎じた!?」
お市様「清洲の台所借りた。まつのちゃんこ鍋の横で」
信長様「やめろ!!!」
信秀様「……市……その材料は……」
お市様は指を折る。
「甘草、陳皮、黄連、紫蘇、あと……秘密じゃ」
信長様「秘密やめろ!!」
お市様は、信長様の前にずいっと差し出した。
「十日分じゃ。食前に飲むのじゃぞ。
今も飲みなされ、ほれ」
信長様「今!? ここで!? 俺、毒見係じゃないぞ!!」
お市様「毒ではない。慈悲じゃ」
信長様「慈悲の定義が狂犬だ!!」
藤吉郎殿が、小声で私にささやいた。
「桃殿……姫様の“慈悲”は、だいたい強制じゃ……」
私「知ってます……!」
■ 藤吉郎の知恵:軍資金=戦を終わらせる“別の武器”
信長様が胃薬から逃げ回っている間、
藤吉郎殿は、銭袋の山をじっと見ていた。
そして、ぽつり。
「姫様……」
お市様が振り向く。
「なんじゃ、禿げ鼠」
藤吉郎殿「……(刺さる)
その銭は……何に使うおつもりで?」
お市様は、待ってましたと言わんばかりに、にやり。
「聞きたいか。藤吉郎」
藤吉郎殿は、まっすぐ頷いた。
「はい。姫様の意図を……知恵にしたい」
私(桃)は、内心で拍手した。
(偉い。偉いけど、たぶん地獄が増えるぞ)
お市様は、銭袋をぽんぽん叩いた。
「軍資金じゃ」
信長様が顔を上げる。
「……軍資金?」
お市様「そうじゃ。戦は、刀と槍だけですると思うておるか?」
信長様「……」
お市様は、指を折っていった。
「兵に食わせる米」
「怪我を治す薬」
「運ぶ馬」
「夜営の火」
「鎧の手入れ」
「武具の鍛冶」
「そして――」
信長様の目を見て、はっきり言う。
「戦をせずに勝つための銭」
信秀様が、思わず息を飲んだ。
藤吉郎殿の目が、すっと鋭くなる。
「……戦をせずに……」
お市様「そうじゃ。
商人に道を作らせ、
農村を太らせ、
人を集め、
噂を流し、
相手の国が“攻めると損する”と理解すれば――
刃を交える前に勝つ」
信長様は、胃を押さえながらも、口角がわずかに上がった。
「……市……おまえ……」
お市様「わらわは狂犬じゃ。噛む前に吠えて勝つ。吠えて勝てぬなら噛む」
信長様「結局噛むのか!!」
■ 父と兄の結論:「稼ぐな」ではなく「管理しろ」
信秀様が、重い声で言った。
「市……稼ぐなとは言わぬ。
だが、織田の名でやる以上、筋を通せ」
お市様「筋?」
信秀様「……支払いは……すぐ払え……!」
お市様は、きょとん。
「つけは楽じゃぞ?」
信長様「楽を選ぶな!!」
信秀様「商人が泣く!」
お市様は、少しだけ考えた。
「……では、次からは、藤吉郎に任せる」
藤吉郎殿「え?」
お市様「商人との支払い、帳面、値付け、仕入れ、運搬。
全部おぬしがやれ。
わらわは、演奏と握手会に専念する」
藤吉郎殿「地獄の分業……!」
信長様「それはそれで胃が痛いわ!!」
私(桃)は、心の中で叫んだ。
(私の仕事も増える未来しか見えない!!)
■ 最後の一撃:胃薬強制イベント(不可避)
議論がまとまりかけたところで――
お市様が、また胃薬を持ち上げた。
「兄上。話は終わった。飲め」
信長様「終わってない!!」
お市様「飲まぬなら、口を開けさせる」
信長様「武力で飲ませるな!!」
信秀様が、あきらめたように言った。
「……信長……飲んでみよ……」
信長様「父上まで裏切るな!!」
お市様が満面の笑みで、ずいっと近づく。
「ほれ」
信長様「……くっ……(観念)」
信長様は、恐る恐る湯に溶いた胃薬を一口――
「……」
沈黙。
「……スッとした……」
お市様「であろ?」
信長様「……くやしい……」
お市様は勝ち誇った。
「胃は正直じゃ。兄上も正直になれ」
信長様「それとこれを一緒にするな!!」
■ そして、頭痛担当:桃と藤吉郎
会議が終わり、廊下に出た瞬間。
藤吉郎殿が、壁に手をついた。
「……桃殿……」
「はい……」
「……頭が痛い……」
「私もです……」
藤吉郎殿は、空を仰いだ。
「姫様は、銭を稼ぐのも、使うのも、全部“戦”として見ておる……」
私は小さく頷いた。
「そして、兄上に胃薬を飲ませるのも“戦”です」
藤吉郎殿「それは、間違いない……」
その背後から、お市様の声が飛んできた。
「藤吉郎! 桃! 次の稼ぎ口を考えるぞ!」
藤吉郎殿「……次……?」
お市様「熱田だけで満足すると思うたか? 尾張は広い。祭りは多い。
――世界は、わらわを中心に回っておる」
私と藤吉郎殿は、同時に呟いた。
「……地獄が拡張された……」
◉桃の感想(祐筆として)
熱田コンサートの余熱がまだ消えていない。町が浮かれている。
信秀様と信長様は「稼ぎすぎ」「目立ちすぎ」を真面目に心配していたが、姫様は笑っていた。
「銭は稼いでナンボ、回してナンボ」という姫様の思想は、理屈としては強い。怖い。
藤吉郎殿は、姫様の意図を必死に考えて知恵にしようとしている。本当に偉い。髪はない。
信長様への胃薬強制イベントが発生し、なぜか効いた。悔しい。
私と藤吉郎殿の頭痛は治らない。
◉桃の日記(狂犬記/作者:桃)
天文十六年(西暦1547年)四月五日 春 強風
清洲にて、熱田の大儲けの件につき、信秀様・信長様がお市様を諫める。
お市様、つけ払いで一万貫稼いだと答え、場が凍る。
信長様、胃が痛む。
お市様、「銭は稼いで回してこそ軍資金」と言い、戦をせずに勝つための銭の使い道を語る。
藤吉郎殿、意図を知恵にしようと真剣に質問し、姫様の思想を受け取ろうとする。
お市様、信長様に特製胃薬(先ほど煎じた)を十日分押しつけ、飲ませる。なぜか効いた。
会議後、藤吉郎殿と私、頭痛。
姫様は次の稼ぎ口を考えると宣言。
――以上
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