第10話「農園防衛戦と野菜の力」

 ベルの一睨みで、先頭を走っていた馬たちが棒立ちになり、泡を吹いて倒れた。

 生物としての格が違いすぎる。

 エンシェント・ドラゴンの「竜威」は、それだけで精神攻撃に等しい。

「ド、ドラゴンだぁぁッ!?」

「本物じゃねえか! 聞いてねえぞ!」

 傭兵たちがパニックに陥り、我先にと逃げ出そうとする。

 だが、ガルドだけは震える足で踏みとどまり、叫んだ。

「ひるむな! たかが一匹だ! 魔法使い、一斉射撃だ! あのトカゲをハチの巣にしろ!」

 金に目がくらんだ魔法兵たちが、震える手で杖を構え、火球や氷柱を放つ。

 数十の魔法がベルに向かって飛んでいく。

 しかし、ベルはあくびをしただけだった。

 魔法がその鱗に触れた瞬間、パキンという軽い音を立てて霧散した。

 魔法無効化。

 最強種の鱗は、中級以下の魔法など通さない。

『痒イナ。……蚊カ?』

 ベルが面倒くさそうに尻尾を一振りする。

 その風圧だけで、前衛の兵士たちが木の葉のように吹き飛んだ。

「ひいぃっ!」

 圧倒的な戦力差。

 虐殺が始まるかと思われた。

 だが、カイが声を張り上げた。

「ベル! 殺すなよ! 血が流れると土が穢れる! 追い払うだけでいい!」

『注文ノ多イ飼イ主ダ』

 ベルは鼻を鳴らし、ブレスを吐くのをやめて、単なる威嚇の咆哮(それでも鼓膜が破れそうだが)に切り替えた。

 それでも、傭兵たちの戦意を砕くには十分だった。

 しかし、ガルドは諦めなかった。

「退くな! 退いた者は俺が処刑する! 突撃せよ!」

 狂乱したガルドは、自ら剣を抜き、部下を脅して前進させた。

 完全に理性を失っている。

 カイは頭をかいた。

「仕方ない。新兵器の実験といこうか」

 カイはポケットから、小さな緑色の種を数粒取り出した。

 そして、魔力を込めて敵陣の足元にばら撒く。

「品種改良・急速成長・捕縛蔦(バインド・アイビー)」

 土煙の中から、無数の蔦が蛇のように飛び出した。

 それは鋼鉄のような強度を持ちながら、生き物のように兵士たちの足に絡みつく。

「うわっ!?」

「足が……動かん!」

 次々と転倒し、蔦にぐるぐる巻きにされていく兵士たち。

 さらにカイは、別の作物を投げつけた。

 真っ赤な唐辛子のような実だ。

「食らえ、閃光催涙ペッパー!」

 空中で実が弾け、強烈な刺激臭を放つ赤い粉末が舞い散る。

「ぐあぁぁっ! 目が、目がぁぁ!」

「息ができねぇ! 辛ぇぇ!」

 兵士たちは涙と鼻水を垂れ流し、のたうち回った。

 致死性はないが、戦闘不能にするには十分すぎる威力だ。

 これが、カイの農園防衛システム。

 自然の力を利用した、非殺傷かつ精神的ダメージ絶大のトラップである。

 わずか数分。

 二百の軍勢は、一人の農夫と一匹のドラゴン、そして野菜たちの前に完全に無力化された。

 立っているのは、蔦に拘束されず、ただ呆然としているガルド一人だけだった。

「な……なん……だ、これは……」

 ガルドは剣を取り落とした。

 目の前の光景が理解できない。

 野菜に負けた?

 雑草に縛られた?

 弟は、こんなふうに戦う人間だったか?

 カイがゆっくりと歩み寄ってくる。

 その手には、泥のついたクワが握られていた。

「終わりだ、兄上。これ以上畑を荒らすなら、次は『爆裂カボチャ』を口に突っ込むぞ」

「カ、カイ……お前、悪魔か……」

「いいや、農家だよ。ただの、野菜作りが好きな農家だ」

 カイは淡々と告げた。

 その瞳には、かつてガルドが見下していた弱々しさは微塵もなく、大地に根を張る大樹のような揺るぎない自信が宿っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る