第31話:見えざる刃

足元に倒れている男子生徒。

 背中に突き刺さった黒い短剣。

 それは、この林間学校が「学校行事」から「戦場」へと切り替わった合図だった。


「……息はある。だが、意識がない」


 俺は生徒の脈を確認し、顔を上げた。

 周囲の霧は、さらに濃さを増している。ライトの光が乱反射し、1メートル先すら白い壁に覆われているようだ。


「カイト君。……来るわ」


 カレンが低い声で警告する。

 彼女の周囲に、無数の氷柱が展開される。自動迎撃モードだ。


「敵はどこ!? 私の氷で串刺しにしてやるわ!」

「待てカレン! むやみに撃つな!」


 俺は慌てて止めた。

 この霧の中には、まだ他にも逃げ遅れた生徒がいるかもしれない。カレンの広範囲魔法を使えば、味方ごと巻き込んでしまう。

 敵はそれを分かっていて、この視界の悪い森を戦場に選んだのか。


 その時。


 ヒュンッ――!


 風を切る音。

 直後、俺の目の前の地面が弾けた。


「ッ!?」


 見えない。

 投擲とうてきされた何かが、俺の足元を掠めたのだ。

 『英雄の器』による索敵アラートが鳴り止まない。


 ――――――――――――――

 【警告:敵性反応】

 ■ 方向:全方位

 ■ 距離:測定不能

 ■ 状態:ステルス

 ――――――――――――――


 「全方位」だと?

 敵は複数いるのか? それとも、高速移動しているのか?


「おいおい、冗談だろ……。これ、マジの殺し合いじゃねえか」


 レンが珍しく引きつった声を出した。

 彼は倒れた生徒を庇うように立ち、周囲をキョロキョロと見回している。


「カイト! どうする!? 一度退いて、先生たちを呼ぶか!?」

「いや、無理だ! この霧じゃあ本部に戻る道すら分からない!」


 完全に包囲されている。

 俺たちが混乱している隙を、敵は見逃さなかった。


 ザシュッ!!


「ぐっ!?」


 今度はレンが呻いた。

 彼の制服の袖が裂け、赤い血が滲む。


「レン!!」

「かすり傷だ! ……くそっ、どこから撃ってきやがる!」


 レンが悔しそうに森を睨む。

 (……親友を傷つけられた)

 俺の中で、怒りが恐怖を上回った。

 ふざけるな。俺の大切な日常を、友達を、こんな卑怯なやり方で。


「アグニ! 炎で霧を晴らせないか!?」

「無理だ大将! こんな乾燥した森で炎を使ってみろ、一瞬で山火事だ! 全員焼け死ぬぞ!」


 アグニが叫ぶ。

 確かにその通りだ。アグニの火力は高すぎる。調整が効かない。

 俺たちの手札は、ことごとく封じられている。


 その焦りが、隙を生んだ。


 ――殺気が、一点に集中した。


 狙いは俺でも、カレンでも、レンでもない。

 この場で一番動きが鈍い者。

 背中に「お荷物」を抱えている男。


「――しまっ!?」


 アグニが目を見開いた。

 背後の闇から、透明な刃が音もなく振り下ろされる。

 狙いはアグニの背中――リュックの中にいるガンマだ。


 避ければ、ガンマごとリュックが斬られる。

 魔法を使えば、暴発する。


 アグニが選んだのは、愚直なまでの「守り」だった。


 ドスッ……!!


 鈍い音が響いた。

 アグニは避けなかった。

 体を捻り、リュックを庇うようにして――自らの左肩を、刃に差し出したのだ。


「ぐ、ぅぅぅぅ……ッ!!」


 鮮血が舞う。

 アグニが膝をつく。


「アグニ!!」

「兄ちゃん!?」


 リュックの中から、ガンマの悲鳴が聞こえた。

 アグニは脂汗を流しながら、それでもニヤリと笑った。


「……へっ。浅い、浅いぜ……」

「馬鹿野郎! なんで避けなかった!」

「うるせェ……。弟分を傷つけたら、かっこつかねェだろうが……」


 アグニが震える足で立ち上がる。

 その左腕はだらりと下がり、大量の血が滴り落ちている。

 戦闘不能に近いダメージだ。


 カレンの瞳が赤く輝き、臨界点を超えた。


「……よくも、カイト君の部下を」


 空気が凍りつく。

 カレンがブチ切れた。森への被害などお構いなしに、魔法を放とうとしている。


「待ってカレン! 今撃ったらアグニたちも巻き込む!」


 俺はカレンを必死に抑え込んだ。

 状況は最悪だ。

 アグニは負傷。レンも軽傷。カレンは暴走寸前。

 そして敵は、依然として姿を見せない。


 (どうする……どうすればいい……!)


 『英雄の器』が最適解を導き出そうと回転する。

 しかし、情報が足りない。敵が見えない。

 このままでは、ジリ貧で全滅する。


 その時。

 俺の足元の「影」が、小さく揺らめいた気がした。


 ――(代わって、カイト君)


 脳内に直接、冷ややかな声が響く。

 この声は。


 俺はハッとして、自分の足元を見た。

 そうだ。

 俺たちにはまだ、最強の切り札が残っていた。


 見えない敵に対抗できるのは、同じ「闇」に潜む者だけだ。


「……頼む。やってくれ」


 俺が短く告げた瞬間。

 俺の影が爆発的に膨れ上がり、黒い槍となって霧の中へ突き刺さった。


 ギィィィンッ!!


 虚空で、金属音が響き渡った。

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