第2話 無料の恩寵という幻想、および生存コストの非対称性について

記述:『無料の恩寵という幻想、および生存コストの非対称性について』


記述者: エリアス・V・カントール

日時: 統一歴124年 12月某日


 分断とは、物理的な距離ではなく、請求書の宛先によって生まれる。


 地球生活者アーシアンは、ある致命的な勘違いをしている。 彼らは「空気」や「重力」や「宇宙線からの防御」を、神から与えられた無料の権利タダだと思っているのだ。 汚染されたとはいえ、地球の大気は呼吸可能であり、地面はメンテナンスなしで彼らを支え続けている。彼らが支払う「地球再生税」は、あくまで「壊したものを直す」ための費用であり、「生きるためのサブスクリプション」ではない。


 対して、宇宙移民者スペーシアンの人間にとって、これらはすべて「商品」である。 酸素の一呼吸、水の一滴、重力ブロックの回転エネルギー。 そのすべてに値札がついている。 コロニーの外壁に開いた1ミリの穴を塞ぐための「修繕税」は、彼らにとって固定資産税ではなく、生命保険料そのものだ。


 ここに、決定的な「妬み」の不均衡が生じる。


 アーシアンは空を見上げてこう言う。 「あいつらは、空調の効いた綺麗な円筒の中で、汚れ仕事もせず、快適に暮らしている」と。 彼らには、コロニーが「巨大な維持費の塊」であることが見えていない。


 一方、スペーシアンは地を見下ろしてこう思う。 「あいつらは、何も払わずに息をしている。その上、我々の生命維持費ライフラインにまで税金をかけてくるのか」と。


 統一歴124年の「3%の値上げ」。 地球の官僚にとって、それは「贅沢税の増税」程度の感覚だっただろう。タバコや酒への課税と同じだ。「少し高くなれば、節約するだろう」と。


 だが、スペーシアンにとって、それは「基礎代謝への課税」だった。 呼吸を節約できる生物はいない。外壁の修理を節約すれば、待っているのは減圧死だ。 彼らは「贅沢」を削るよう求められたのではない。「寿命」を削れと言われたのだ。


 双方が、自分たちこそが不当に扱われていると信じている。 アーシアンは「置き去りにされた」と嘆き、スペーシアンは「搾取されている」と怒る。 この認識のズレ(パララックス)は、もはや対話では修正不可能だ。


 統一歴124年の冬、冷え切った宇宙と地上の間で、唯一熱を帯びているものがある。 それは「憎悪」だ。 地球再生局の予算が膨れ上がるほど、コロニーの空気が薄くなるほど、その熱量は臨界点へと近づいていく。


 そして、その請求書は、金銭ではなく「鉄と血」で支払われることになるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る