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  • 編集済

    戦後でも体制的、軍国主義的な考え方の教育が続いていたことの表れに見えました。ひとりのミスを集団懲罰するようなこともあったのではないでしょうか。
    今の教育は分かりませんが、この考え方自体が変わらなければ、表面上の毒教師が減ったとしても歪な体制は続くような気もします。教育は国の問題を映す鏡なのかもしれません。

    作者からの返信

    感想ありがとうございます!
    こういった風潮が蔓延した原因としては、学校教育の荒れからかもと色々考えましたが、軍国主義的な教育がずっと継続していたせいもあるかな?と思っています。
    今でこそ学校は比較的平穏になったと思いますが、企業などでは未だにパワハラモラハラという形で残っているところも多いですし、この問題は実はかなり根深いのかも知れませんね。

  • 生徒1人を吊るしあげるんだ、そうしたらその学級は崩壊しない。なんてことを飲み会の席で満面の笑みで自慢げに話していた元友人の体育教師がいます。ですので、おかしい教師がいるのではなく、おかしい学級統治法を教えているところがあるが正解な気がします。福岡教育大学出身で、今はどこいるかしらないですけど百道か高取中の教師ですね、頭おかしいんじゃないかと思って、縁切りましたけど、そんな教師がふつうに在職してて正直反吐がでますね。

  •  鴻上尚史さんの人生相談の本を思い出すお話でした。

     毒親、毒教師、毒上司にいつ自分がなってしまうか、ドキドキしてしまいます。私の小学生の頃も、体罰バリバリの先生がいらっしゃいましたっけ。
     絶対、今では問題になりますが、どうしてあの頃、問題にならなかったのか分からないくらい、エグい先生でした。

     もう亡くなっていると思いますが、ご存命ならどんな方になっているんですかねぇ?

    作者からの返信

    感想ありがとうございます!

    仰る通り、DV・パワハラ・モラハラなどで一番怖いのが、「自分が耐えられたんだから他の人間も大丈夫だろう」「自分の苦労に比べればお前の痛みぐらいどうってことない」という思考から自然と暴力が連鎖していってしまうことですね。
    自分も普段から気を付けたいところです。

    >私の小学生の頃も、体罰バリバリの先生がいらっしゃいましたっけ。

    当方は幸い、体罰などの身体的暴力は比較的少なかった(あってもお尻など目立たない部分が多かった)ですが、長時間にわたる怒号・叱責・嫌味・ヒステリー・身体に直接危害を加えないタイプの暴力(机を叩く・倒す・子供の創作物破壊など)が非常に多かったですね。あと、忘れもの=廊下に立たせるも普通にあった。
    ビンタ一発の一瞬ですむならそうしてほしいと当時はどれだけ思ったか知れませんが、体罰は(特に頭への暴力は)子供にとっては巨人に殴られるも同然ですし、それだけでとてつもないトラウマになりますね……身体へのダメージも当然ありますし。
    皆さんの感想を拝見すればするほど、何故当時こんなん許されていたんだ?と思うばかりです。


    >もう亡くなっていると思いますが、ご存命ならどんな方になっているんですかねぇ?

    教育委員会などの重鎮的な立場になって若い教師たちに酷いパワハラをしていないことを祈るばかりですね……(うっかりエゴサしたらそれっぽい組織に同姓同名を見てしまって気が気ではない)

  • あるあるですね。
    私の場合は怖い女の先生2人が強烈に記憶に刻まれています。
    ひとりは常にイライラしていて叱る時は必ず物で殴る人。黒板で使う巨大な三角定規を縦にして脳天にガツンとやります。流血したクラスメイトもいました。
    もうひとりは提出物や宿題忘れたら前に並ばせて、腿裏を竹の棒でバシンとミミズ腫れになるくらい叩く。これ冬場がきつくてですね。私は宿題はやらない主義だったんで毎日やられました。
    いま思うと他の先生も含め、その手の体罰が我々のことを思ってのことだとはとても思えないんですよね。イライラを子ども殴って解消してただけだろって。

    作者からの返信

    感想ありがとうございます!

    >黒板で使う巨大な三角定規を縦にして脳天にガツンとやります。流血したクラスメイトもいました。

    あの三角定規は脅しで使われたとしても怖いのに、直接子供に攻撃はあまりにも酷い……
    当時であっても警察沙汰になっていい案件なのに、なんで許されていたのか疑問ですね。


    >もうひとりは提出物や宿題忘れたら前に並ばせて、腿裏を竹の棒でバシンとミミズ腫れになるくらい叩く。これ冬場がきつくてですね。私は宿題はやらない主義だったんで毎日やられました。

    これもまた酷いですが、それだけのことをされ続けてなお「宿題をやらない」主義を貫き通したAKTY様が素晴らしいです!

    >いま思うと他の先生も含め、その手の体罰が我々のことを思ってのことだとはとても思えないんですよね。イライラを子ども殴って解消してただけだろって。

    まさにこれですね。
    「お前の為を思って」は当時どれほど言われたか分かりませんが、少なくとも教師に限って言うなら「絶対欲求不満のはけ口にしていただろ!」としか思えません。

  • 昭和の三億円事件があった年に生まれた私もヒドイ教師に当たりましたね。
    小学一年の時の担任は、梅干し(子供のこめかみに左右両側から拳骨をグリグリしながら持ち上げるお仕置き)をしたり、往復ビンタは当たり前でした。

    書き出したらキリがありませんが、小学生6年の時の担任は中年の女性教師でしたが……成長の良いイケメン児童にセクハラしていましたね。
    今なら大問題です……

    中学生に成ると生徒も反抗するようになりますが、『ビーバップハイスクール』顔負けの学生時代でした……


    ちなみに、母校の小学校の教頭先生は元クラスメイト《女性》でイジメっ子で弱いものイジメで不登校に追い込み笑っていた奴でした。
    その女性教頭が、
    「イジメは、いけません。 人として最低のことです」
    と朝礼で話しているとか……まったく、笑えないです。

    作者からの返信

    感想ありがとうございます!

    >小学一年の時の担任は、梅干し(子供のこめかみに左右両側から拳骨をグリグリしながら持ち上げるお仕置き)をしたり、往復ビンタは当たり前でした。

    小学1年で……(;゚Д゚)
    幼少時から身体への暴力はとんでもないですね。親でも決して許されないのに、親から子供を託された教師が……と思うと改めて怒りが。
    (ちなみにGeminiなどのAIに聞いたら、忘れものでデコピンでも今は許されないそうで)

    自分はそういった物理的暴力はそうでもなく、長時間にわたる罵倒・叱責・本人の身体をギリ傷つけない程度の脅し(机を叩く・倒す・物を投げる・子供の工作やノートの記述を攻撃など)が多かったです。殴ることはあってもお尻が大半。
    つまり「頭や顔はカンベンしてやるから他の何されても我慢しろ」理論が成立してしまうのも地味にキツかったような。


    >小学生6年の時の担任は中年の女性教師でしたが……成長の良いイケメン児童にセクハラしていましたね。

    こういう話は男性教師に多い印象ですが、確実に女性教師にもありますね。むしろ女性教師の方が陰湿に、あらゆる手でやってきそうな。


    そして教頭が元イジメっ子……(;´Д`)
    この手の話は残念なことにどこにでもありますね。絶賛パワハラ中の先輩が「パワハラモラハラなんて卑怯なこと、一番嫌い!!!」と怒鳴っていたのを思い出しました。

    貴重なコメント、ありがとうございました!

  • コメント失礼します。
    私達は2人で小説を書いているのですが、そのうちの碧 銀魚の方が、元小学校教師です。
    なので、読んでいて結構思う所があり、ちょっとコメントさせて頂きます。

    kayako様の仰ることはその通りでして、
    現在の教育学の世界では、幼少期の周囲の大人の影響力や、教師側の叱り方、叱る理由の意義や筋を考えるなど、無暗に子供を委縮させないようにという配慮が、最重要課題となっています。

    では、なぜkayako様の時代は酷い教師が多かったかというと、
    当時は”でもしか先生”というものが、大量にいたからです。
    ”でもしか先生”とは、他にやりたい仕事がないから「先生でもやろう」、特別な技能がないから「先生にしかなれない」という理由で教師になった人達を指します。
    背景としては、団塊の世代が小学生になったことで急激に子供が増え、教師不足の為、どんな輩でも教師になれるようになってしまった、という理由があります。
    そんな理由で教師になった者に、教育力などあるはずがなく、kayako様が体験したような理不尽な振る舞いが、全国各地で繰り返されていました。

    ちなみに、教育力がない教師が忘れ物を責めがちなのも理由があります。
    教育の現場においては、割と答えがない問題が多いのですが、
    忘れ物に関しては、100%子供が悪いという、教師からするとわかり易い答えがあるからです。なので、心置きなく叱れる上に、きちんと指導している気になれるんですよ、教師側が。
    なので、指導力がない教師は、真っ先に忘れ物指導に飛びつきます。
    これは、パターンですね(^^;)

    ただ、この頃の”でもしか先生”は、2005年前後に定年を迎えていますし、
    教育学が成熟してきて、現在はこういうバカみたいな指導をする先生は、ほぼ絶滅しました。
    もちろん、100%問題がある教師がいなくなったわけではありませんが、
    今の小学校教育は、あの頃より確実にマシになはっています。
    何の慰めにもなりませんが、
    教育の世界は、昔より少しはいい方向へ転がっていると、私は信じています。

    長文失礼致しましたm(__)m

    作者からの返信

    感想ありがとうございます。元小学校教師のかたからの貴重なご意見、非常に参考になります!

    >”でもしか先生”とは、他にやりたい仕事がないから「先生でもやろう」、特別な技能がないから「先生にしかなれない」という理由で教師になった人達を指します。

    特にこの部分が「なるほど……」となりました。
    子供たちの抵抗を抑える為という意味あいが強かったのかなと思っていましたが、そういう事情もあったのですね。
    現在でいうパワハラ・モラハラ・DV要素をもつ人間も当然の如く教師になれてしまったということなのでしょうか……

    そしてその結果が

    >忘れ物に関しては、100%子供が悪いという、教師からするとわかり易い答えがあるからです。なので、心置きなく叱れる上に、きちんと指導している気になれるんですよ、教師側が。

    こういう理由で多くの子供(自分含め)が被害を受けたと思うといたたまれなくもあり、怒りもわいてきますが……
    当時の学校の荒れっぷりも一因かなとは思いますが、恐らくこれが一番の理由なのでしょう。


    >もちろん、100%問題がある教師がいなくなったわけではありませんが、
    今の小学校教育は、あの頃より確実にマシになはっています。

    仰るとおり、現在の小学校は「教師の質」「子供のセーフティネット」という点で言えば格段に良くなっていると思います。
    願わくば自分の姪っ子たちが良い教師に恵まれることを祈りたい昨今ですね。

    とても貴重なコメントをありがとうございました!