アドニスとミオリア-1

 アドニスはベイルを避けるようになった。最低限の必要な会話はするが、それ以上の会話はしない。最近では、それすらも苦痛になり、ミオリアを仲介してやり取りするようになった。ベイルの顔を見るのも、嫌になっていたのだ。


 アドニスとミオリアが机で向かい合っている。必要なやり取りを済ませた後で、ミオリアが言った。

「……流石に、こういった事まで、私を仲介にするは困りますね。本人同士で何とかならないのですか?」

 アドニスは、気まずい。ミオリアの言う通りなのだから。アドニスが下を向いて黙っていると、ミオリアが微笑を浮かべて、アドニスに囁いた。

「……それとも、私に会うために、わざと、やっているのですか?」

 アドニスの背筋がゾクゾクした。もしかしたら、それはあるかもしれない、と、自分でも気が付いた。アドニスが、目線をミオリアに合わせる。

(不味い、引き込まれる)

 そう思っても、心がガタついているアドニスには、もはや抑え込む理性が残っていない。

 机の下にあるミオリアの足が、サンダルを脱いで、アドニスの足を撫でた。アドニスが、震えた声で、呟くように言う。

「ミオリア様……」

 ミオリアが、妖艶な微笑をアドニスに向ける。

「二人っきりの時は、ミオリア、って、呼んで……」

 そう言うと、アドニスを撫でていた足で、その裾を軽く引っ張る。そしてサンダルを履いて、その席を立った。

 妖艶な後ろ姿に黒髪を靡かせて、ミオリアが神殿の奥へ向かっていく。


(駄目だ。ミオリアは危険だ)

 そう理性の欠片が訴えるが、役に立たない。


 アドニスは、何かに操られるように、その席を立った。


(ミオリアはベイルの、獲物だ。手を出したら、殺されるかもしれない)

 恐怖で押さえつけようとしたが、それでも足が止まらない。


(でも。アイツだって、向こうから誘ってきた、とか言っていたじゃないか。俺が同じことをやっても、別に良いだろう)

 もはや、取り込まれるとか、ベイルに殺されるとか、そんなことはどうでも良くなってしまっていた。


 魔性

 自分の意志で回避できるのであれば、それは魔性なのでない。逃れられぬからこそ、魔性なのだ。


 アドニスは、ミオリアの香油の香りを辿るように、その後を付いて行く。行先は、彼女の寝室だった。

 二人を飲み込んだ寝室のドアが、バタンという音を立てて、閉じた。

 廊下の蝋燭の火が、消える。


「アドニスは、ミオリアに、喰われた」

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