第17話 不完全燃焼

「1勝もしていなかったのか・・・」

 神木社長は驚いたように杏子の話を聞いていた。

「あの頃はそんな悲壮な感じはなかったがな・・・」

 話を聞き終えた神木が言った。

「本当は色々抱えてましたよ。個人的にボクシング続けてみようかと思ったことも・・・」

「何でやらなかった?」

「どこからもオファーはなかったし、大学行くような環境でもなかった・・・」

「金の問題か?」

「ええ、まあ」

少し間があって、神木が独り言のように言う。

「不完全燃焼ってことなのかな・・・高校時代、かなり力入れてやってたんだろうよ、ボクシング」

「まあ、そうですね」

と杏子は神木社長に答えたが、実際は明け暮れたと言っても良かった。

「にもかかわらず1つも勝てなかったわけだ・・・」

 神木がやけに感情を込めて杏子に言った。

 すると、いつの間に入って来たのかブルドーザー真尾が立っていた。

「カミキと似てるじゃないか」

 そしてそう言ったのだ。

「似てる?」

杏子が訝しげに真尾を振り返った。

「ああ。こいつもな、4回戦ボーイにはなったものの、勝てなくてな」

「おいおい、真尾。勘弁してくれよ、昔の話は」

 神木が慌てて真尾を遮る。そして自分で続けた。

「俺は4回戦ボーイのまま現役を引退した。辞めざるを得なかったんだ」

「あれはアンラッキーな事故だったな」

「事故ですか?」

「そうよ。何戦目だったか、そろそろ勝たないと終わりだってプレッシャーだったはずだ。だからカミキはがむしゃらに前に出たんだ」

「で、カウンター喰らって網膜剥離だ。コミッショナー規定で引退勧告さ」

 神木社長がにこやかに続けた。

「あしたのジョーのように燃え尽きなかったのさ」

 ブルドーザー真尾が少し悲しげな表情で言った。


 帰りの電車の中で杏子は色々と考え込んでしまった。プロボクサーを引退した20才の神木社長は次にやることを見つけるためにビジネススクールへ入学した。実務を身につけると、スポーツジムの経営に乗り出した。

 まあこの辺は立身出世の自慢話みたいで、杏子に興味は無かった。ただ、燃え尽きていない神木社長にブルドーザー真尾が試合をしてくれたという。

 もちろん練習試合と言うことだが、本気の4回戦をしたそうだ。それで神木社長は吹っ切れたと言っていた。

 ブルドーザー真尾は言っていた。

「本気の殴り合いだ。俺が引導を渡したんだ。ただカミキの右目だけは狙わなかったけどな」

「試合で吹っ切れたと言うより、友情で吹っ切れたんだと思うよ」

 最後に神木社長は笑って言っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る