第38話 ゴリラは、怒るのが遅い
前線から戻った幼馴染は、
いつもより静かだった。
装備を外す動作も、
報告を受ける態度も、
すべてが淡々としている。
だが、
それは落ち着いているからじゃない。
怒りを、まだ使っていないだけだ。
「……状況は?」
幼馴染は、
医療区画の入口で足を止めて聞いた。
「対象、確保」
「現在、隔離中」
「……生きてるんだな」
その一言で、
周囲の空気が少しだけ張る。
「はい」
医療担当が答える。
「ただし」
「放射線被曝、重度熱傷、
神経系の大半が反応なし」
「生存は、
偶然に近い」
幼馴染は、
黙って頷いた。
「……面会は?」
「不可です」
即答だった。
「安全基準を、
大きく超えています」
「近づくと、
被曝の可能性があります」
幼馴染は、
一歩、前に出た。
「……それで」
「誰も、
近づいてないんだな」
医療担当は、
一瞬だけ言葉に詰まる。
「……はい」
その瞬間。
幼馴染の表情が、変わった。
静かだった顔が、
一気に歪む。
「ふざけんな」
声は、低い。
だが、
抑える気がない声だった。
「お前ら」
「さっきまで、
あいつを使う話は
山ほどしてただろ」
「爆弾にする」
「囮にする」
「確率を押す」
「それを」
「終わった瞬間、
“危ないから触れません”か」
誰も、
すぐに返せなかった。
「合理的です」
誰かが、
ようやく言う。
「被曝は、
連鎖します」
「一人を救うために、
何人も危険に晒すのは――」
「黙れ」
幼馴染は、
一歩、踏み出した。
「……それ」
「あいつ自身が、
一番言ってた理屈だ」
「だから何だ?」
「だから、
全部正しいからって、
全部やっていいと思うな」
声が、
大きくなる。
「誰かが」
「“正しい”を引き受けて
壊れたんだぞ」
「それを」
「距離を取って
眺めるだけで終わらせるのか」
医療担当が、
目を伏せる。
「……感情論です」
「分かってる!」
「だから今、
俺が言ってんだろ」
拳が、
震えている。
「俺は」
「前線で、
怪我しても戻った」
「理由は一つだ」
「あいつが、
勝手に全部引き受けないようにするためだ」
「なのに」
「最後は、
あいつ一人でやらせて」
「今度は」
「“危ないから放置”か」
「冗談じゃねえ」
幼馴染は、
隔離区画の透明な壁を叩いた。
鈍い音。
「……聞こえてるか!」
返事は、
ない。
当然だ。
それでも、
幼馴染は叫ぶ。
「お前」
「勝手に死ぬ気で行くなって
言っただろ!」
「……生き残りやがって」
声が、
一瞬だけ、掠れた。
「それで、
誰も来ねえって
どういうことだよ」
誰も、
何も言えない。
幼馴染は、
息を荒くしながら、
その場に立ち尽くす。
しばらくして、
ようやく言った。
「……俺が、
入る」
「待ってください!」
「防護もなしに――」
「関係ねえ」
「俺は」
「あいつの“保険”だ」
その一言で、
空気が凍った。
「……制約は?」
医療担当が、
震える声で聞く。
幼馴染は、
歯を食いしばった。
「戦闘じゃねえ」
「でも」
「俺が、
壊れるなら
それでいい」
誰も、
止められなかった。
なぜなら。
この怒りは、
正しくないが、
必要だったからだ。
幼馴染は、
ゆっくりと防護服を掴む。
手が、
震えている。
それでも。
「……聞け」
「お前は」
「一人で、
終わらせる役じゃない」
その言葉は、
隔離壁の向こうに届かなくても、
確かに“ここ”にあった。
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