9枚 抑留帰還兵

 あれは昭和23年6月03日の事だった。

その日は雨が降っていた。

自分はシベリアのラーゲリから、ようやく故郷の生家に帰還した。

家族を驚かそうと、自分は玄関の戸をそっと開けた。

沢山の履き物が揃えてある。

人が集まっている様子だ。

自分が今日、帰還して来る事を誰が知らせたのだろう。

 線香の匂いがした。

襖(フスマ)をほんの少し開けて部屋の中を覗いてみた。

集まって居る人は全て喪服を着た、親戚達だ。

なぜか皆、肩を下げて俯いている。

中には泣いている人も居る。

自分は奥の仏間を見た。

仏壇に、生花に囲まれた「白木の箱」が置いてある。

白木の箱の上には僕の出征時の写真が乗せてある。

 『自分の葬式をやっている』

自分は死んでしまったらしい。

そっと襖を閉めた。

自分は帰って来てはいけなかったのだ。

今、帰ったら自分は幽霊になってしまう。

喪主は自分が大嫌いだった義理の弟だ。

義理の弟は自分が死んだ事を喜んでる筈だ。

この家の相続はあの弟が継ぐ筈だ。

自分はこの家の周りには近づいてはいけないのだ。

たとえ幽霊に変わっても、帰って来てはいけないのだ。

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