灰色の再演。冤罪を強いた悪意を、隣の席の美少女が「執着という名の救済」で埋め尽くす

淡綴(あわつづり)

第一章:綻びの論理と、硝子の聖域

第一話:既視感の朝、沈黙の解像度(前編)

 世界は、ひどく無機質なリピート記号に支配されている。


 校門へと続く坂道に舞う桜の花弁は、一年前と寸分違わぬ角度でアスファルトを叩き、新入生たちの放つ根拠のない熱気は、春の湿り気を帯びた風に混じって、僕の喉を不快に撫でる。


 二度目の入学式。  

 一度目の終焉を、僕は今でも鮮明に思い出すことができる。あの時も今日と同じように、空はどこまでも白々しく青かった。  

 青春という名の不透明な濁流に身を任せ、誰かの期待に応え、誰かの嘘を真実だと信じ込み、最後には「身に覚えのない罪」という完成された悲劇のなかに放り捨てられた僕。  

 死を願うほど絶望したはずの意識が、なぜかこの「始まりの朝」に回帰している。その理由はわからない。わかっているのは、この場所にあるすべてが、すでに一度上演された演目の再演に過ぎないということだけだ。


 教室の扉を開けると、そこには懐かしくも忌々しい、あの独特の匂いが充満していた。  

 チョークの粉末と、新しい教科書のインク、そして多感な十代が発散する自意識が混ざり合った、図書室の奥底のような、ひどく閉鎖的な香り。


 僕は自分の名前が貼られた、窓際の席へと向かった。  


 背後で、あの声が響く。


「おはよー! みんな、今日からよろしくね!」


 阿久津だ。  

 一度目の僕を、笑顔のまま地獄へ突き落とした少女。  

 彼女は教室の中心で、太陽のような明るさを振りまいている。その周囲には、磁石に引き寄せられる砂鉄のように、すでに何人もの生徒が群がっていた。

 彼女の笑顔は、一見すると無垢で献身的に見える。だが、その裏側には、自分を主役として引き立てるための「小道具」を常に探し求めている、底なしの虚栄心が隠されていることを、今の僕は知っている。


 僕は視線を外し、窓の外に広がる退屈な風景へと意識を逃がした。

 関わらなければいい。

 今度は、誰の物語にも属さず、ただの背景として三年間をやり過ごす。それが、この理不尽な再演に対する、僕なりの唯一の対抗策だった。


 だが。  

 僕の決意を嘲笑うかのように、隣の席から冷ややかな気配が立ち上った。


 そこに、彼女が座っていた。


 白砂。  


 一度目の人生では、僕の視界の端にさえ入っていなかったはずの少女だ。


 彼女は、教室の喧騒を物理的に遮断しているかのように、一冊の古い詩集に目を落としていた。

 透き通るような白い肌。夜の静寂をそのまま形にしたような黒髪が、制服の肩に美しく流れている。彫刻のような横顔は、一切の感情を排した高潔な拒絶を湛えていた。


 美しい、と思った。


 けれど、それは春の暖かさを拒む、一輪の氷の花のような美しさだった。


「……見ていても、何も起きないわよ」


 ページをめくる指先すら止めず、彼女は呟いた。

 その声は低く、そして驚くほどに澄んでいた。


「ごめん。見惚れていたわけじゃないんだ」


 僕が答えると、白砂はゆっくりと顔を上げ、僕を見た。

 切れ長の瞳が、僕の視線を真っ向から受け止める。その瞳の奥には、好奇心も好意も存在しなかった。ただ、そこにある事象を淡々と記録するような、鏡のような静謐さがあった。


「嘘をつくのは、知性が低い証拠だわ。……あなたの視線には、明らかな『既知』のニュアンスが含まれていた。私に対してではない、この空間全体に対する、ひどく退屈そうな既知」


 彼女の言葉は、鋭いメスのように僕の内側を切り裂いた。

 僕は言葉を失った。この少女は、たった数秒の視線だけで、僕が抱えている「違和感」の正体に触れようとしている。


「白砂さん、だったかな。君は……洞察力が鋭いんだね」


「洞察ではないわ。私はただ、見えているものを、見えている通りに認識しているだけ」


 彼女はそう言うと、再び視線を詩集へと戻した。

 だが、本を握る彼女の指先が、微かに震えているのを僕は見た。  

 それは恐怖によるものか、あるいは、別の何かなのか。


 窓の外では、阿久津の笑い声が一段と大きく響いている。

 僕の二度目の人生は、一度目には存在しなかった「静かな特異点」を隣に迎えた状態で、幕を開けようとしていた。

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