第4話 世界は、こんなにも明るい

その日、ハルは管理塔からの帰り道、

都市の中心街を歩いていた。


目的はない。

ただ、足が自然とそちらへ向いただけだった。


魔法都市アウレアの中心部は、いつ来ても眩しい。

空中を流れる光の広告、音楽、笑い声。

通りには、色とりどりの服を着た人々が溢れている。


「新型魔導端末、本日発売ですー!」


「感情効率、従来比一・二倍!」


呼び込みの声が、軽やかに弾む。


感情効率。

その言葉に、ハルは一瞬だけ立ち止まった。


 


広場では、即席のステージが組まれていた。

若い魔導士たちが、派手な魔法を披露している。


歓声。

拍手。

子どもたちのはしゃぐ声。


「すごーい!」


「さすがアウレア!」


その光景を見ながら、

ハルの脳裏には、白い部屋が浮かんでいた。


窓のない空間。

簡素な椅子。

拘束具。


そして、

「今日も失敗ね」と笑う聖女。


 


ふと、甘い匂いが鼻をくすぐった。


屋台が並ぶ一角で、

焼き菓子や果実酒が売られている。


ハルは、無意識に足を止めていた。


「試食どう?」


声をかけられて、我に返る。


「……いえ」


断りかけて、なぜか言葉が続かなかった。


もし、

彼女がここにいたら。


その想像が、頭から離れない。


「……これを、一つ」


気づけば、

小さな包みを受け取っていた。


 


施設に戻る頃には、日が傾いていた。


聖女の居住区は、相変わらず静かだ。

外の喧騒が、まるで別世界の出来事のように感じられる。


扉をノックすると、

少し間があってから、彼女の声がした。


「どうぞ」


 


部屋に入ると、

セレスティアは窓辺に座り、外を眺めていた。


「今日は、いい天気だったね」


振り返った彼女は、穏やかに微笑む。


「……外、行ったんですか」


「ううん。ずっとここ」


彼女は、何でもないことのように言った。


ハルは、ポケットから包みを取り出す。


「……中心街で」


差し出すと、

彼女は少し驚いた顔をしてから、受け取った。


「お土産?」


「……はい」


包みを開けると、

中には色鮮やかな菓子が並んでいる。


「綺麗……」


まるで宝石を見るような目だった。


「外って、こんな感じなんだ」


ぽつりと、そう呟く。


「……」


ハルは、言葉を探した。


楽しそうだった。

明るかった。

でも、それを伝えることが、

なぜか躊躇われた。


 


「ねえ、ハル」


菓子を一つ口に運びながら、彼女が言う。


「世界は、幸せそう?」


「……はい」


即答だった。


「そっか」


彼女は、少しだけ目を細める。


「じゃあ、よかった」


その言葉が、

胸の奥に、鈍い痛みを残した。


 


「私ね」


彼女は、窓の外を見つめたまま続ける。


「たまに思うの。

 もし、外に出られたらって」


ハルの心臓が、跳ねた。


「出たい、ですか」


「ううん」


彼女は、首を横に振る。


「出たら、きっと壊れちゃうから」


笑顔だった。

優しくて、諦めきった笑顔。


「ここで、誰にも迷惑をかけずに、

 ちゃんと役目を果たす方がいい」


役目。

その言葉が、

どれほど彼女を縛っているのか。


「……外は、綺麗でした」


ハルは、ようやくそれだけを言った。


「ありがとう」


彼女は、そう言って微笑む。


「教えてくれて」


 


部屋を出た後、

ハルは廊下で立ち尽くしていた。


外の世界は、こんなにも明るい。

こんなにも自由だ。


――なのに。


そのすべてが、

一人の少女の“閉じられた日常”の上に成り立っている。


彼は、ポケットの中を確かめる。


そこにあるはずの《感情石》の感触が、

今日はやけに重く感じられた。


「……」


彼は、初めて思った。


この世界は、

本当に“救われている”のだろうか、と。

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