物語の骨、行間の血肉

Algo Lighter アルゴライター

第1話 桃太郎のROI(投資対効果)

「ねえナオ、これ見てよ。すごい時代になったと思わない?」

カフェのテーブル越しに、カイトがスマートフォンを突き出してきた。画面にはチャット形式のAIアプリが表示されている。

ナオは読みかけていた文庫本――紙の質感がお気に入りの古い版だ――に栞を挟み、呆れたようにため息をついた。

「またAI? 今度は何させたの」

「『桃太郎』の要約だよ。最近忙しくてさ、物語のあらすじだけ把握したい時あるじゃん? AIに『現代ビジネスマン向けに3行でまとめて』って指示したら、秒で返ってきた」

カイトは得意げに読み上げる。

 【AIによる『桃太郎』超効率要約】

 ・人材獲得: 主人公は「きびだんご」という低コストのインセンティブを用い、特殊スキルを持つ3名の獣人(犬・猿・雉)を雇用。

 ・プロジェクト遂行: チームビルディングを経て敵対組織(鬼ヶ島)へ侵攻し、圧倒的武力で制圧。

 ・成果と分配: 略奪された資産を回収し、地元へ還元することで社会的地位と富を確立した。


「……どう? 完璧だろ。無駄がない」

カイトはアイスコーヒーを啜りながら満足げだ。

ナオはしばらく沈黙し、眉間を指で揉んだ。頭痛がしてきたらしい。

「カイト、お前さ……」

「ん?」

「最悪だよ。 何がインセンティブだ、何が資産回収だ」

ナオは身を乗り出す。その瞳には、読書家特有の静かな怒りが宿っていた。

「その要約は、物語の『骨』しか拾えてない。しかも骨粗鬆症の骨だ。物語の本当の味、つまり『行間の血肉』が完全に削ぎ落とされている」

「えー? でも事実は合ってるじゃん。鬼を倒して宝物を持って帰ったんだろ?」

「事実は合ってる。でも真実は違う」

ナオは指を一本立てた。

「いいか。AIは『きびだんご』をただの給与(インセンティブ)と定義した。ここに致命的な欠落がある。桃太郎において、きびだんごは『お腰につけた』ものだ。つまり、お婆さんが心を込めて持たせてくれた、唯一の兵糧であり、家族の愛の象徴なんだよ」

「愛……? まあ、そうとも言えるけど」

「それを分け与えるとういうことは、単なる雇用契約じゃない。『私の命(兵糧)を半分お前にやるから、運命を共にしてくれ』という、命の共有契約なんだ。だからこそ、犬や猿は命がけで鬼に向かっていけた。低コストの団子一個で、誰が命を賭けるんだよ」

カイトは少しひるんだ。「……なるほど。命の共有、か」

「それに、『圧倒的武力で制圧』というのも浅い。彼らが勝てたのは、本来仲の悪い犬と猿が、桃太郎というリーダーを介して連携したからだ。そこには葛藤も和解もあったはずだ。AIの要約には、その『汗と涙の臭い』がしない」

ナオは再び文庫本を手に取った。

「カイト、お前のAIは優秀だよ。出来事は完璧に整理されている。でもな、人間が物語を読むのは、出来事を知るためじゃない。その出来事の裏にある『割り切れなさ』に触れるためだ」

カイトはスマートフォンの画面をもう一度見た。「低コストのインセンティブ」という文字が、さっきより少し寒々しく見えた。

「……じゃあ、ナオならどう要約するんだよ?」

「僕なら要約なんてしない。強いて言うなら……」

ナオは少し遠くを見て、ぽつりと呟いた。

「『愛された記憶を分け合うことで、孤独な少年と獣たちが家族になり、理不尽な暴力に立ち向かう話』……かな」

カイトは苦笑いした。

「……それじゃ、ビジネスの会議では使えないな」

「物語は会議室のためにあるんじゃない。人生のためにあるんだよ」

二人の間に流れるコーヒーの香りが、少しだけ濃くなった気がした。

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