第3話
……状況を整理しよう。
目の前にいるのはこの学校の生徒らしき少女。その顔はまるで、信じられないものを見たとでも言いたげに唖然とした表情をしていた。
――彼女からしてみれば。
僕は学校の保健室で堂々とスマホを取り出して、自らの痴態を撮影しだした露出狂でしかなく……
……よし、死ぬか。
――いや、違う! 僕はクール系清楚病弱美少年だ!
決してネットに裸を晒すメンヘラ承認欲求モンスターではない!
……いや、そうだけど! でも、学校の僕は違う!
トリップしかけた頭を無理やり呼び起こし、思考を巡らせる。
――とにかく言い訳だ!
くそっ、こんなの登校一日目に起こるイベントじゃないだろ。
「……え、えっと、そう! 暑くて、すごく暑くて着替えてただけだから」
放たれる言葉は途切れ途切れで、聞くに堪えないものばかり。身体からは冷や汗が止まらず、心臓は激しく動悸していた。
……まずい。早くもキャラが崩れかけている。
そもそもこんなクーラーのガンガンに効いた部屋でする言い訳じゃないし。
焦った僕は目の前の彼女に歩み寄ろうと足を踏み出す。が、その瞬間、着崩していたズボンの裾が僕の足にひっかかり――
「あ」
一瞬、身体が宙に舞った。
……いたい。
尻もちをついたと同時に硬い廊下の感触が背中を襲う。
どうやら転んだようだ、と理解するのは早かった。
――くそ、最悪だ。
ポンコツキャラは需要がないっていうのに!
「あ、あ、え?」
……というか滅茶苦茶見られてる。
ふと下に目線を向けてみると、それはもう酷い惨状だった。
はだけた制服からは素肌がすっかり見えてしまっており、若干r18に片足を突っ込んでいる、そんなレベルであった。
……その中で、ふとあるものに気づく。
――あ、やば、絆創膏。
気づいた僕は、急いで身体を手で隠す。これだけは何がなんでも見られるわけにはいかない。
服を脱いでただけならまだ言い訳できるけど、絆創膏は無理だ。どう考えても変態だ。なんなら逮捕だ。
そんな僕の醜態を見たからか、目の前の少女の身体が動き出す、なんだ、とうとう逃げ出すのか? と思ったけど、……少し様子が変だ。
そう思った瞬間、声が聞こえた。
「ゆ、ゆるしてくだひゃい!」
まるで許しを懇願するような、高い声。
そして、それと一緒に。
……なぜか、額を廊下につけていた。
――え、なんで?
そう思って、彼女の姿を観察してみる。
すると、あることに気づいた。
……この子、めちゃくちゃ焦ってるな。
手は震えてるし、声はひっくり返っていて、目はビクビクと怯えている。
……そうか、自分のことばっかり考えていて気づかなかったけど、ここは貞操逆転世界。
彼女の状況は、前の世界でいう女子の着替えを目撃したようなものなんだから、この反応も当たり前、なのか。
――つまり、助かった、ってこと?
そう思うと、同時に安堵の気持ちが身体全体に押し寄せてくる。
……しぬかとおもった。
――いや、まだ安心してはダメだ。
少なくとも彼女が僕の姿を目撃していたのは確かなのだ。だから、どうにかして口封じはしないといけない。
そうだ、ついに出番が来たのだ。
――クール系清楚病弱美少年の!
そう心に決めた僕はまず、廊下に張り付いて動かない少女を保健室まで引っ張りだすことにした。
……それにしても、大丈夫なんだろうか、この子。
「――それで。何の用かな」
保健室の椅子に彼女を座らせた僕は、声色を先ほどよりも、少し鋭くしながら、彼女に言葉をぶつける。
彼女は心ここに在らずという感じで、僕の言葉を聞いてるのか、聞いてないないのか……と言った感じだ。
――改めて、彼女を観察してみる。
……第一印象としては真面目そうな子、という感じだ。髪も染まってないし、化粧も派手じゃない。にも関わらず、容姿はかなり可愛く見える。
いわゆる優等生タイプ、それにこの見た目となれば、かなりモテるんじゃないだろうか。
……いや、未だにこの学校で僕以外の男を見たことないけど。
そんなことを考えていると、「はっ!?」という声とともに彼女と目が合った。どうやら正気に戻ったらしい。
「あ、あの。あ、足、怪我しちゃったから。それで消毒しようと思って――」
「……怪我?」
見ると、彼女の膝は赤く血が滲んでいた。痛々しく見える傷は砂で少し汚れている。
おそらく、運動場で転んだとか、そんな感じだろうか。思えば、体操着を着ているのもそうだ。
「……ちょっと待ってて」
消毒液ならさっき徘徊したときに見かけた。先生が帰ってくる様子もないし、少し拝借しても問題ないだろう。
「……んっ、とどけっ」
僕は立ち上がって、先ほど先生が開けていた戸棚を開く。少し身長が足りなかったが、なんとか背伸びで頑張る。
……その間、なぜだかやけに視線を感じたけど。まぁ、たぶん気のせいだろう。
「怪我してるとこ、みせて」
「え、え、あ、うん」
消毒は慣れている。昔、怪我してばっかだった頃、何度も自分で消毒していたからだ。
目の前にある彼女の細い足を椅子に乗せ、消毒液を少しだけ垂らす。
「ごめんね、ちょっと痛いかも」
「――うっ」
傷口に消毒が染みたからだろう。一瞬、彼女の顔が苦痛で歪むのが見えた。
こういうときにどうするかも知っている。
僕は彼女の背中を軽くさすってあげる。すると、まるで猫が驚いたときみたいに、彼女の身体が上へと跳ねた。
「……だいじょうぶ?」
「……へ、へいき。そのまま、おねがい」
「ん、わかった」
出血を止めるため、ポケットから取り出したハンカチで傷口を抑える。その間は、必然的に彼女との距離は近くなった。
「……いたくない?」
「ぜ、ぜんぜん」
……そのわりに顔が赤いけど。
なんだろう、強がってるんだろうか。
そのまま数分が経って、傷口から離してみると、出血はすっかり収まっていた。
「これで、だいじょうぶ」
そういって、彼女の足を地面に下ろす。そこまで酷い傷というわけでもなかったし、一週間もすれば治るだろう。
さて、怪我の治療は終了したので今度はこちらの番。僕は、彼女を隣のベッドに手招きする。
「あ、ありがとう、えっと――その」
ぎこちなく隣に座った彼女はそわそわとしており、少し緊張しているようだった。
警戒されないように、軽く笑みを浮かべて語りかける。
「――日浦渚。渚って呼んで。
上の名前で呼ばれるの、好きじゃないから」
まずは自己紹介だ。
……それにしてもこういうセリフ。キャラ作りのためとは、少し恥ずいな。
――ちなみに上の名前が苦手なのは本当だ。
いやだって、"日浦"とか、まるで日陰者って言われてるみたいだし。昔からそれでよく揶揄われたし、あんまり良い思い出はない。
……ま、例の裏垢の名前はそこから取ってるんだけど。
「……えっと、な、なぎさくんはなんで保健室に?」
そんなことを思っていると、目の前の少女が小さな声で疑問を漏らす。
――ここだ、病弱設定の生かしどころが来た。
「――僕さ、昔から身体が弱くて、それで最近やっと学校に来れるようになったんだ。
一応、今年入学だったんだけどね」
実際はただ引きこもり生活のせいで身体が貧弱なだけだけどね!
ゲホッゲホッと、咳払いをしながらそんなことを呟くと、目の前の少女の表情が少しだけ曇る。
「……そうなんだ。ごめんなさい、聞いちゃって」
「え、あ、いや? べつにそんな重い話じゃなくてね?」
完全に信じ切った彼女の様子に思わず、素が出てしまった。
――確信した、さてはこの子、良い子だな。
「……最近は大丈夫なんだけど。でも、先生は保健室にいないとダメって言うんだ。
――だから、いつもここで一人きり」
不治の病設定にでもしようかと思ってたけど、見た感じこの子、だいぶ素直そうだ。
あんまり酷い嘘はついてあげない方がいいだろう。
「ね、君。名前、なんて言うの?」
「あ、えっと、ごめん、言ってなかったよね。
か、柏木って言います。その、私も一年だから、同級生、なのかな」
「下の名前は?」
「――え? 礼奈、だけど」
「……そっか、よろしく。――礼奈ちゃん」
「へっ!?」
いきなり下の名前で呼ぶのは流石に……そう思ってしまうが、やるしかない。
クール系清楚病弱美少年というのは人とあまり話さないゆえ、距離感がバグってるのだ!
――それになにより初対面で失敗してしまった以上、ここから取り戻すしかない。
不安を感じながらも、柏木さんの顔を覗いてみる。
すると、案外まんざらでもなさげに……というかなんだか凄いニヤついていた。
……ふぅ、大丈夫だ、引かれてないし、なんなら若干喜ばれてるようにも見える。
もしかすると、見た目よりだいぶちょろいのかもしれないなこの子。
うへへ、という腑抜けた声を漏らしている彼女の姿を見ていると、徐々に心が落ち着くのを感じる。
……この調子なら、仲良くなれるんじゃないだろうか。
どうやら同級生らしいし、友達になれればこれからの学校生活で非常に頼りになる存在になってくれること間違いない。
――それになにより!
……変なことを広められると困るし。
「――ね、なんで笑ってるの?」
僕はできるだけ素朴そうな笑みを浮かべて、彼女に問いかける。
「……うへへっ――はっ!? や、これは、その。
……わ、わたし。お、男の子と会って話すの、初めてだから、その」
「そうなんだ」
奇遇だ。僕も女の子とまともに話したことはほとんどない。玲衣相手くらいだろうか。
「――ふふっ、礼奈ちゃんは面白い子だね」
「……ひゃ、ひゃい」
歯が浮くようなセリフだけど、彼女の反応は悪くない。
……あんまりグイグイ行くのどうかと思うけど、でもこの子の押しの弱さを考えるに、ここで押すしかないだろう。
僕は自分のベッドから立ち上がって、柏木さんが座っているベッドへと移動する。
そして、あわあわと困惑している彼女の隣へ座ると。
「……ね、礼奈」
彼女に顔を近づけて、小さく囁く。
静寂に包まれた保健室には僕たちしか存在しない。そんな事実が、なぜか心臓を高鳴らせていた。
そして、僕は彼女に自らの気持ちを伝える。
「――僕と友達になってくれないかな」
その言葉に、「うん」と頷かせるのには、時間はかからなかった。
こうして僕と柏木さんは友達になった。玲衣しか友達がいなかった僕にとっては大きな進歩である。
「……今日のことは、二人だけの秘密にしようか」
「う、ん」
柏木さんとの別れ際。僕は小さく呟く。
――そう、今日のことは僕らだけの秘密。
……だから、誰にも言っちゃダメだよ、分かってるね? ほんとだよ?
確認のつもりで彼女の右手に、自分の手を重ねる。すると、その手はまるで火で吹いているのかというほど熱くなっていた。
「……ふふっ。また、ここで会えるといいね」
軽い悪戯のつもりで。
彼女の細い指に、自らの指を絡ませる。
すると――
――彼女の身体はまるでベッドに沈み込むように、前に向かって倒れていった。
「……あれっ!? え、ちょ、だいじょうぶ!?
柏木さん!?」
――あ、まずいっ、やりすぎた!?
「あんまり、女の子を揶揄わないようにね?」
「……はい、精進します」
その後、ぶっ倒れた柏木さんの介抱をした後、彼女を先生に預けて、帰宅の準備を始める。
まだ学校の時間だけど、少し疲れたし、今日はもういいだろう。
……相変わらず、人と話すということは苦手みたいだ。
でも、口頭だけとはいえ、彼女と友人になることには成功した。
まだほとんど互いのことを知らないけど、これからゆっくりと関係を深めていけばいい。
……そうだ! 帰ったら、まず玲衣と話そう。
彼女のことだ、きっと、心配してるだろう。だから、安心させるために言わないといけない。
――ちゃんと、友達ができたって。
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