第74話



「何のことだよ」

「隠す必要ありませんよ。大我さんって分かりやすいですから……」

彼のドライヤーを持つ手に掌を重ねる。唇が当たりそうな距離で、白希は囁いた。


「でも貴方の“それ”は恋愛とは別物か。どちらかと言うと、自分を認めてほしい、っていう感情に似てる」


自分も同じだから、分かる。

顔を離して告げた途端、ドライヤーの熱風がけたたましい音を上げた。


「うわっ! やめてくださいよ! 耳がおかしくなる!」

「嫌なら二度と馬鹿なこと言うな」


大我は無表情のまま、淡々と切り捨てた。ドライヤーの電源を切り、白希の髪を手櫛で整える。

しばしの沈黙が流れたが、白希の襟元に手を伸ばし、ボタンを留めていった。

「はー。前の白希の方が素直で良かったな。今は無駄に勘が良くて、生意気」

カチンときて、ついついこちらも睨み返す。まあドライヤーは止まってるし大丈夫だろう。


大我も白希と同じ“力”の所有者だ。温度を調節する白希と異なり、彼は音量を調節する力を持つ。小さな音を爆音で鳴らしたり、逆に大音量をぴたりと止めることができる。


「そんなに嫌いなら、殴っていいんですよ」


しかし大我はタオルを洗濯機に投げ入れると、黙って脱衣室から出て行ってしまった。

「……」

仕方なしに彼の後についていく。下は履いてないけどどうでも良かった。


何で怒らないんだ。全然分からない。

彼が自分を邪魔だと思ってることは間違いない。突如自分のテリトリーに現れて、あまつさえ面倒を見る羽目になったのだから。

「私をこの家から追い出せばいいのに」

「だから、それを決めるのは俺じゃない。全部……兄さんの言う通りに動くだけだ」

二階の部屋に誘導される。ベッドに乗り、仰向けに倒れた。


当主である兄の言いなり……か。

まぁそういう人生もある。


両親に隠されて過ごした自分のように。はたまた、大人達から賞賛され、村を出ていったあの人のように。周りの環境次第でこの世は天国にも地獄にもなる。


でも今が苦しいのに生きる意味って何だろう。


「兄さんは今日も帰り遅いみたいだから、もう寝な」

「わかりました。……ねえ、寝るまでもう少し……傍にいてもらえませんか」


ドアの前に佇む大我に顔だけ向けてお願いすると、彼は心底不思議そうに眉を寄せた。

「ほんと……自分を嫌ってるかもしれない相手に、よくそういうこと頼めるな?」

「私は貴方のこと嫌いじゃないし。それより、暗い場所の方が嫌いなんで」

悪びれずに言うと、彼は深いため息と共に傍にやってきた。露骨に面倒くさそうだが、結局お願いを聞いてくれる。彼のそういうところが不憫だと思う。

スモールライトのみ点灯させ、大我はベッドに腰掛けた。そして布団を引き上げ、白希の上に掛けてやる。


「……別に、嫌いじゃないよ」

「え?」

「お前のことが嫌いなわけじゃない。人間と環境、全部嫌いなんだ」


大我は背中を向けたまま、窓の外を見つめた。

「道源さん……ていうか俺の兄は、好きな人を追ってこっちに出てきた。俺も、東京の大学に行きたかったから軽率についてきちゃったけど、半分後悔してる」

「もう半分、後悔してないなら良いじゃないですか」

「お前ほんと良い性格になったよな」

「そうですか? ね、それより後悔してない半分の理由は何ですか?」

食い気味に問いかけると、彼は少しバツが悪そうに視線を逸らした。


「勉強とかバイトじゃない」

「と言うと?」

「……好きな奴ができたんだ」


薄闇の中でも、大我の頬が赤くなったことが分かった。

白希は何度か瞬きする。

「同じ大学の……女性じゃないですよね? 男性でしょ」

「ほんっと、いやに洞察力高いな。そうだよ、同級生の男。俺友達作る気なかったから、上っ面だけ良くして適当にやり過ごそうとしてたんだけど。……そいつは、しつこいぐらい世話焼いてきてさ。ここに帰るのがしんどいときは、そいつの家に泊まってる。っていうか、もう抱いたこともあるんだけど」

「抱いた?」

「あ~、今のは忘れて」

「はぁ。よく分からないけど、おめでとうございます」

とにかく、充分東京に留まる理由になる、ということだ。

それにしても、彼をここまで熱中させる相手とはどんな青年だろう。


「てなわけだから、村に帰る気はないんだ。お前も、とりあえずここにいる方がいいよ。村の奴らは兄さんが牽制してくれるし」


自由行動ができない以外、不自由はない。

だがそれが一番問題だ。自分が心から渇望しているものは……。

喉元まで出かかったが、大我を安心させる為に、同意の言葉を吐いた。

「分かりました。貴方の恋愛も応援してます」

「はっ、あんがと。……にしても、記憶って脆いものなんだな。俺と初めて会った時のこととか、何も覚えてないんだもんな?」

大我はそこで初めて振り返り、微笑を浮かべた。

自身の膝に頬杖をつき、興味深そうに白希の頬を押す。


「申し訳ないけど、全く覚えてません。……初めて会った時って、どこで?」

「図書館のカフェ。俺そこでバイトしててさ。白希が東京に来てることは知ってたけど、軽く運命感じちゃったね。力を持つ人間って、どこに行ってもこうして惹かれちゃうのか……って」


彼は感慨深そうに瞼を伏せる。

「あの時の白希は可愛かったなぁ。アタフタして、泣きそうな顔しちゃって~。今は目つきも言うこともキツいからな」

「それはどうもすみませんね」

彼曰く、以前の自分は女々しく、気弱だったようだ。


反吐が出る。


「じゃ、もう寝なよ。おやすみ」


頭から目元へ、大我の手のひらが流れる。

その温もりに安堵しながら、眠りについた。


以前も……こんな風に、誰かに寄り添ってもらっていたことがある。それはいつだったのか、誰だったのかも分からない。その人は今、誰を想って寝ているのだろう。



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