ep 自衛


 こんこん、と扉を叩く音がする。

 おや、とカウンターを出て扉を開きに行くとちょうど入ってこようとする影とぶつかってしまった。


「失礼しま「ぴいっ…」…した。おや、まあ」


 影、もといお客様がおびえた表情で悲鳴を上げ、こてんと倒れてしまった。

 青白くひきつった表情と目の下のクマ。

 なんとなく事態を把握しつつ、すこし頭を悩ませる。これはお客様とカウントしてしまってよいのでしょうか。


 まあノックもしていたし扉も開けようとしていたのでお客様でいいだろうと結論付け、少々強引ながらソファへ運ぶことにした。


「失礼いたします」


 聞こえていないだろうけれどひと言断ってから掬うように抱え上げ、ゆっくりとソファへ横たえる。


「バイトくん」

「はーい!」


 あとは同性のバイトくんにおまかせし、目覚めた後のためにコーヒーを淹れようと用意を始める。


 気絶とはいえ寝起きになるのでブラックは避けた方が良いでしょう。ここはミルク多めのカフェラテ、いえ、寝不足そうな様子でしたしコーヒーはやめにして、いっそハーブティーにした方が…?とりあえずお湯を沸かしておいて…。


 いくつかの候補を頭に巡らせていると、その間にもバイトくんは手早く衣服の乱れを直して頭の下にクッションを挟んでブランケットをかける。

 寝苦しさをなくすように小さくサーキュレーターを回し、空気の循環を。室内の温度、はこのままでも大丈夫と判断し、変更しない。

 そこまで一通りの作業を終えると一旦カウンターへ戻ってきた。


「とりあえず、これでだいじょうぶだと思います…!」

「ありがとうございます、バイトくん」


 すこし小声気味に報告したらひょこっとこちらの手元を覗き、ささっといくつかのハーブを手に取ってカウンターの上に並べていく。


「コーヒーはやはりやめた方が良いでしょうか?」

「そおですねえ~。やっぱりカフェインは抜きでハーブティーの方が良さそうです!あと、手がかなり冷たかったんでジンジャー多めで~!あとはカモミールとレモンハーブかなあ。あとは飲みやすくするのにこれとこれをちょっとずつ…」

「ほう」

「最後に蜂蜜、いやこれならスイートシロップの方がいいなあ…。よっし、これで完璧ぃ!」


 それぞれの瓶を空けて硝子のポットにぱらぱらとハーブを入れ、ずいっと寄せられる。

 流れるように入れられたハーブの種類や分量など、レシピを頭の片隅に書き込んでおき、沸かしておいたお湯を注いでじっくり蒸らす。


「さすがハーブマスターですね。迷いのない手つきとバランスの良いレシピ…。感服です」

「いやあ~、それほどでも~?えへへ!」

「さきほどのレシピ、ドリンク名はどうします?」

「う~ん、あっためるみたいな、いたわりみたいな感じかな~って!」

「ふむ、…甘口のいたわり、としましょうか」

「わ、それいい~。それにしましょう!」


 空いた手で実際に記録しておく。エプロンから取り出したいつものメモ帳、その新しいページにハーブの名前や分量を書きつけ、甘口のいたわりとメニュー名も添えておく。


「ぅ…うぅ、んん…?」


 そうこうしていると、どうやらお客様が目覚めた様子。

 サッと駆け寄ったバイトくんの後ろから、ポットとカップ、スイートシロップの瓶をのせたトレイを持ってゆっくりと追いかける。


「おはようごさいまーす…!」

「…、ぇ?お、はよう、ございます…?」

「こらこら、もう少し距離を考えてくださいね」

「あ、ごめんなさい!」

「は、えと、いえ。とんでもなく…」


 お客様は目覚めたばかりで状況がうまく把握できていない様子。ぱちぱちと目を瞬かせる姿にバイトくんを下がらせて、テーブルにハーブティーをセッティングしていく。

 身を起こして際にぶつけてしまわないよう、少し奥側へカップを置き声をかける。


「先ほどは失礼いたしました。ここはまほろば異境喫茶店でございます。お客様がご来店の際にわたくしが誤ってお客様にぶつかってしまいまして。…申し訳ございません。お加減はいかがですか?」

「あ、そうか…。いえ、大丈夫、です。こちらこそすみません…」


 目を白黒させながら起き上がった女性が、なんとか状況を飲み込んで頭を下げる。


「わ!起き上がっちゃって大丈夫ですか?ああ、ブランケットよければそのまま使っててください!」

「そうですよ。ゆっくりなさってください。こちらにあたたかいハーブティーをご用意しております。よければこちらのスイートシロップをたっぷり入れてお召し上がりください」

「あ、ありがとうございます」


 そっと女性の体を支えるバイトくんの手に続くように、ことさらにゆっくりと言葉をかける。

 同時に透き通る硝子のカップにハーブティーを注いで、シロップの瓶を手で示してすすめる。


 ソファに座り直し、身なりを簡単に整えた女性がおそるおそる手を伸ばす。伸びた手がカップを持ち、空いた片手がシロップを入れてティースプーンでかき混ぜる。そのまま、ひと口。


「…おいし。あったかい…」

「よかった~!」

「ええ。それはようございました」


 ほっとこぼれた満足の吐息。

 目の前でフィードバックをもらったバイトくんもにっこり微笑む。


「あの、本当にありがとうございます。こんなに良くして頂いて…」

「当然のことでございます」

「お客様が喜んでくれるのがわたし達の喜びですよぅ!」

「わあ。えへへ、すてきな喫茶店でよかったあ」


 にこにこ笑顔のお客様。

 さて、こんなやわらかな方の抱えるものとはいったい…。


 そっとその場をバイトくんに任せてカウンターに戻りつつ、お客様の様子を伺う。

 ハーブティーをあらかた飲み終えて落ち着いたころを見計らってお声をかける。


「…お話づらい内容かとは存じますが、本日はどのようなご希望だったのでしょう。よろしければお伺いしても?」

「あ、ええと、そうですよね。あの、ぜんぜん大した話でもないんですけど、わたしにはかなり死活問題というか…」

「ふむ」


 最後のひと口を飲み終えてことりとカップを戻し、スカートのひだを直すように手で撫でつけて話し始める。


「わたし、すっごくびびりで。自分でも自覚があるので、かなり気を付けて生活しているんですけど…」

「ええ」

「あ~…?」

「えへへ、たぶんもうわかっちゃったと思うんですけどね。ちょっとした善意の行き違いというか、職場の友人と話題のホラー映画を見に行くことになって」


 このざまです、すみません。と小さくなる女性。

 苦手の克服と題してか、あるいはそこまで苦手でもないと思ったのか。いやがらせではないと思いたいが、とにもかくにも、職場のご友人と苦手なホラー作品を見る羽目になってしまったと。


「ひっどいですよお!。ほんとに善意だったらそんなこと絶対しません!」

「そ、そうですよね~…」


 ふんすふんすと燃え上がるバイトくんを軽く手で制して、圧に押され気味のお客様に水を向ける。


「まあこちらは置いておいて。それで、どうなさいますか。見たというホラー作品の記憶を部分的にいただくことも、あるいはもっと広く記憶をいただくことも可能ではございますが」

「えっと、はい。そうですね。さすがにわたしもここ1週間ほどびくびくしすぎて仕事にも支障をきたしてしまったので…。友人とはしっかり話し合って距離を置くなりしようと思います。なので今回は映画とそこから想像で怖がっていた分の記憶の買い取りをお願いできれば、と」


 眉を下げながらもしっかりと自分の意見を言葉にできるところを見て、表に出さずに安堵する。

 バイトくんの勢いに負けたりせず、しっかりとした意思のある方で安心しました。


「…それでは、こちらを」


 そっとカウンターから出て本を差し出す。


「この本をしっかりと持って、思いのままに開いてください」

「はい…っ」


『Anoixis』


 光があふれだす。

 すこしふてくされたようなバイトくんの表情がが光に隠れて…。



「あのね、あなたがどういうつもりだったのかとかそんなことは聞かない。けど、これははっきり言っておくね。わたしはホラーとか怖いものが本当に苦手なの。全然見たくも聞きたくもないし、克服したいとも思わない」

「…はい」

「金輪際、その手のことでわたしを困らせないで。じゃないとわたし、あなたとの付き合いを考えなくちゃいけなくなる」

「…もう、しません」


 ずうんと暗雲を背負ったような暗い顔で落ち込む友人を見て、ため息をひとつ。

 普段はあまり怒ったり、ましてや何かを強く主張するようなタイプじゃないわたしがこうはっきり拒絶を示したことで、友人も分かってくれたみたいだった。


 まあでもここまで言えばわかってくれるでしょう。誰にだって苦手なことはあるんだし、無理強いや悪い意味でのサプライズなんていらないんだから!


「うう…、ほんとにごめんなさい…」


 温かいアップルティーを飲みながらそっと思い返す。


 先日、目の前で謝っている友人の誘いで映画に来たら、なぜかホラー映画を見る羽目になった。絶対に楽しいから!サプライズだから!と情報を隠され、いざ上映が始まれば案の定。

 完全に腰を抜かし席から立てなくなったわたしは目をつぶっても耳を塞いでも貫通してくる恐怖に心底おびえながら過ごす羽目になった…。しかも、それからしばらくの間、会社でもすべてにビビりまくっていたらしい。疲労と恐怖から限界を迎えて倒れ、会社の医務室で目覚めた時には恐怖のあまりそのあたりの記憶があいまいになっていた。


「…まだ、おこってる?」


 という経緯もあって、休日である今日、ことの発端でもあった映画館の傍のカフェに呼び出して話をしているというわけだった。


 伺うようにそっと見上げてくる友人の涙の滲む目を見て、とりあえずこれでいいかと矛を収めた。


「しょうがないなあ」

「…!」

「この後の映画おごりね!もちろん、わたしが見たかったあのファンタジー作品の映画!」

「うん!もちろん!ご飯もおごる!超おごるから!」

「調子いいんだから…」


 パッと明るくなった友人を見ながら、少し冷めたアップルティーを飲み干した。



「もう!ちゃんとわかってましたよう!…でも、すみませんでした」

「わかっているならよろしい」


 目覚めたお客様が現実世界へとお帰りになった後、店内の掃除をするバイトくんに声をかける。

 頬をぷくっと膨らませ目をそらしつつ謝罪の言葉を口にする、その様子にくすりと笑いながら、コーヒーを淹れる。


「わかっていますよ。バイトくんは心配でああ言ってしまっただけで、本当はちゃんと理解していること」

「…」

「ですから、これはサービスです」


 ことりと一杯のコーヒーを差し出す。

 中は深い青色に染まっている。

 横には細長いプレート。その上にうやうやしく乗った三粒のチョコレート。


「こ、これって…!」

「このあいだ気にしていたでしょう?サファイアの目覚めと、クリスタルパルフェットのトリュフショコラです」

「や、やったー!マスター大好きっ!」

「まったく現金なんですから…」


 まあ、そこもバイトくんのいいところでしょうけれどね。


 掃除は一旦手を止めて、ティータイム。

 バイトくんの喜ぶ声を聞きながら、自分用に淹れたサファイアの目覚めをすすった。


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