美味かったが二度とは行かねえ


こどもが一人でおつかいにでも来たのか思って、目線を合わせて声をかけようとしたところを、配慮の欠片もなく睨み付けられちまった。

しまった、成人か。

おまけにこういう扱いには辟易しているらしかった。しまった、地雷を踏んだか。

この客は羊の獣人で間違いない筈だ。

この世界で山羊と羊の区別がつかないなんて間抜けはいないんだ。角や肌は見たことがない組み合わせだが、そんなもん遺伝でいくらでも差は出る。

こいつは羊だ。だが、普段するように角や毛を褒めることは止めておくことにしよう。

そこで、すぐさま背中を伸ばして改めてとびっきりの笑顔で御入用の品物はと訊くと、こどものように見えた(今も見えるけど)黒い肌で角が生えた羊の獣人は変わらず ぶすくれたような表情のまま、ショーケースを指差すだけでウンともスンとも話さない。


よっぽど機嫌を損ねてしまったのか、そもそも無口なのかは知らないが、品物名を挙げて確認すれば頷いてみせてくれるだけマシな部類の厄介客だ。

甘赤根あまあかねのハニーレモン・ラペを二人前、ドライフルーツとナッツのどっしりハードパンを丸々一本、故郷を代表する麺料理でうちの看板メニューのパッセリーニャ、粉挽き器と棘胡椒、弱炭酸水のボトルを四本、それから蜂蜜酒に蒸留酒に単発酵酒のボトルを一本ずつ。

さすがにこの量だったから、こわなチビでなくとも一度に持てやしないだろうと手伝いを申し出ると、またもや無言で首を振るだけだった。

混み合う時間帯でもなかったから、ソイツが店の角に置いていた大きな荷物の前に購入した品を並べて片付けるのを黙って見ていた。

だがこちらの目線が気になるらしく、横目で嫌そうに見られたので慌ててカウンターに滑り込んで別の作業を始めた。気難しいお子ちゃまめ。


次の瞬間ギョッとした。

妙に四角くて縦に長い鞄か、奇妙な箱かと思っていたら柱時計だった。

羊の獣人は硝子の戸を明けて、見るからに古っちい、止まった振り子の隙間に袖を捲って露わにした細い腕を突っ込んでこれまた遠慮なく品物を押し込んでいくんだ。

まさか拡張鞄に変装ラッピングを付けて柱時計に?いや、変装ラッピングなら柱時計を見た目をしているだけで物は鞄なんだから、振り子の隙間に腕を入れるんじゃなくて、鞄の生地に腕がめり込んだように見える筈だ。

だったらあれは本物のーー?

カウンターで作業しながら盗み見する(いいや心配だから見てただけだ)つもりでいたのに思わず観察しちまって、またしても羊の獣人はこっちを横目で睨んで、片付ける手を早めた。

最後にまた睨みを利かせて(嫌がってんのにジロジロ見やがってという意味に決まってる)

ソイツは会釈もせず柱時計を背負って出て行った。

それっきりうちには来たことない。

見られるもんならもう一度見てみたい気もして来た。あの柱時計、何だったんだろうな。


【幕間にて。とある店の主と羊の獣人の話。

世界の記憶に残らない日常の一片に混ざったもの】

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