予報は外れた。
迷想三昧
第1話 天気予報士は、二度嘘をつく
放課後の教室には、数人の女子生徒が残っていた。
外は雨が降り続き、窓に打ちつける音が響く。
「あと一時間くらいで止むみたいだよ」
スマホを覗き込む一人が、天気予報を確認しながら言う。
「ほんとにこのアプリ、100%当たるの?」
「朝見た時の予報は曇りだったけど昼には大雨に変わってたから当たってるんじゃ?」
「当たりすぎてAIが天候を支配してるとか国が開発したとかいう噂もあるよね」
「あんたはほんっと都市伝説好きだねー」
黒髪を三つ編みにまとめ、少しぽっちゃりとした少女――汐見優香。
色白の頬に眼鏡をかけ、前髪には一房だけ白髪が混じっている。
「アプリ開発にまつわる都市伝説、聞く?」
大きくはないが不思議とよく通る声で彼女はそう言った。
「やった! 優香の都市伝説面白いからねー。電気消すからちょっと待って」
蛍光灯の光が消え、薄暗くなった教室。
湿った空気の匂いの中、優香の白髪がゆらゆらと揺れる。
残っていた女子生徒たちは思い思いに優香の周りの席に座った。
「都市伝説はね、知る人が多いほど力を増すんだよ」
優香が眼鏡を外して机に置くと、すっと目を細める。
「おお……」
誰かが小さく声を上げ、周囲からもごくりと息を呑む音がした。
「これはアプリの開発者にまつわる都市伝説。二度の嘘をついた天気予報士の話」
優香が静かに語りだした。
◆◇◆◇
的中率100%のアプリを開発した伝説の気象予報士がいた。
的中率の秘密は「観測」ではなく大衆の行動心理まで計算に入れた「誘導」にあった。
人が多く集まると自動的に都市システムがクラウド・シーディング等の技術による介入を行い適切に天候の操作が行われる。
もちろん世間にはそんなシステムや技術の話は拡散していない。
彼は予報を通じて、ひそかに都市の消費行動や人流までも操作していた。
◇
ある日、彼はシステムでも介入しきれない重大な「土砂降り」の予測を隠し、「記録的な快晴」を予報する。
これが一度目の嘘。
とある理由からずっと追っていた逃走中の凶悪犯を、特定の広場へ誘い出すため。
休日でもない平日だったが、街には人が溢れた。広場ではイベントが開かれ、屋外の店は臨時営業を始め、通りは歩行者で埋まった。
路地裏に逃げ込んだ凶悪犯の逃走経路を塞ぐように位置取り、男はアプリを操作して2度目の嘘をつく。
「突発的な落雷と雷雨」の警報を流した。
範囲内にいた人々のスマホからは警報音が鳴り響き、人々はパニック状態で一斉に建物内へ駆け込んでいく。
その結果、凶悪犯の男と彼だけがその場に残っていた。
◇
彼がこれほどまでに予報を私物化した理由は、かつて「正しい予報(暴風雨)」を伝えたがために、人々がパニックを起こして二次災害で家族を失った過去があったから。
それは地獄だった。
パニックを起こした民衆の中で家族は笑って殺された。
それから男はより精度の高い予報に傾倒する。
AIに言われるがままに開発を進め驚異の精度を誇るアプリが完成した。
◇
「正解が人を殺し、嘘が人を救う」というパラドックスの中で、彼は二度目の嘘の直後、本物の雨が降り始めた空を見上げる。
本来、雨が降るのはもう少し後のはずだった。
それは彼の計算を超えた、自然からの「許し」のような雨だった。
対峙した男は、想像していたよりも痩せていた。
肩は落ち、背中は丸まり、安物の上着が体に合っていない。
視線は定まらず、落雷の音がするたびに小さく肩を震わせている。
「五年前の暴風警報の時のことを、覚えてるか?」
男は一瞬、息を詰まらせた。
「な、なんのことだ……?」
その声は、ひどく弱々しかった。
「俺は――」
言葉を継ぐ前に、喉が詰まった。
視界の端で雨が跳ねる。
「俺は、あの時お前が笑いながら殺した二人の、息子だ」
男は崩れ落ちるように膝をついた。
泥水に手をつき、嗚咽を漏らす。
「許してくれ……頼む……」
雷鳴が重なり、言葉は半分ほどかき消された。
いつの間にか強く握りしめていた拳を、ゆっくりとほどいた。
指先の感覚が戻ってくる。
「何もする気はない」
その声は驚くほど落ち着いていた。
「あの時の犯人を――
正確には、俺を解放した奴の顔を、もう一度見たかっただけだ」
男は顔を上げない。
雨だけが、均等に二人を打っている。
彼はくるりと男に背を向けた。
土砂降りの雷雨の中を歩き出す。
足取りは不思議なほど軽かった。
心の中は、晴れ晴れとしていた。
――その日、一人の男が姿を消した。
そしてその日以降、
アプリに表示された、ありえない天気予報の場所で、必ず誰かが消える
という都市伝説が、静かに広まっていくことになる。
空は、何も語らなかった。
ただ、雨だけが降り続いていた。
◆◇◆◇
優香が話し終え、場は静まり返っている。
その時、何人かのスマホから一斉に音が鳴り、女子生徒たちの肩が跳ね上がる。
「ひっ、何? 警報? これがアプリの誘導?」
優香の口角が上がる。
女子生徒たちの顔を見回すと一束の白髪も追従してふわりと浮き上がる。
「実はこの話には続きというか、別の都市伝説があってね。どうする? 聞く?」
外では雨が先ほどまでよりも強く窓に打ち付けていた。
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