ウェザー・カクテルを今宵あなたに

櫛田こころ

第1話 雨のカクテル①

 最悪極まりないとしか言えない。


 今日は快晴そのものだと、宿から飛び出してダンジョンに挑もうとしたのだが。途中で、これでもかと滝のように降ってきた雨を避けるのに、岩場で雨宿りするしかなかった。今頃は、ダンジョンに突入して今日の成果を手にしていたはずなのに……と、ミケイラは雨脚が落ち着くまでため息を吐くしか出来ないでいた。


 ただ、背を岩にもたれかかったと同時に、くるんと中に入る仕掛けに巻き込まれるとは思わないでいたが。


 人工的なダンジョンにしては少し『きらびやか』な雰囲気の酒屋が中にはあっただけだった。


 カウンターとひとりの店員らしき男。彼の後ろには多種多様な酒類の瓶たち。ここが酒屋だと言わんばかりの雰囲気しか読み取れないが、警戒は解かないでおく。



「いらっしゃい。今日は『雨の日のカクテル』に呼ばれて?」

「は? 呼ばれたって……」

「お客さんの来店方法で判断しただけですよ。回転扉が作動するときの、で」

「……ここ、酒場?」

「少し、ダンジョンに近い酒場かな? BARという形式なのだけれど」

「……ふーん。お金払えば雨宿りさせてくれる?」

「もちろん」



 質問にも適宜答えてくれる。内容に不審な個所は感じ取れない。なら、ここはいっそのこと『客』になった方が安全かもしれない。というか、客にならないと表側には帰してもらえそうにないからだ。


 メニューがないのを見る限り、店員任せの酒場なのか。ミケイラが装備を置いてから椅子に腰かけると、グラスかなにかを自分の前に置いてくれた。まだ中身はない。



「店主任せってこと?」

「ここは、天気に合わせ……次の『転機』を見出すところなので。少し、占い感覚で楽しんでいただけたらと」

「あのどしゃ降りをひっくりかえせるの?」

「それはお客さんの受け取り方次第で」



 いくつかのボトルの中身は、無色から色付きのものまで様々。果物や香辛料まで取り出すとは、『普通の酒』でないのはわかった。逆に、どんな味になるのか楽しみに思えるくらい、ミケイラの好奇心が高まっていくようだ。


 氷をたっぷり、専用の銀容器に入れてからまるで『ポーション』の精製でも行うかのように微量ずつ酒などを足していく。蓋をしてから、片手で振るのかと思えば、両手で独特の構えをしながら上下や横に。


 あとは、お得意芸にも見える演出を少し振舞ってくれてから……きゅぽん、と小さな蓋を開ける。中身を、空のグラスに注いでくれたのだが……薄い、ブルーの酒だけのはずが、底が少し凍ていくのは面白い。



「へぇ? 魔術アクション?」

「いえいえ。ちょっとした材料都合の反応ですよ」

「ふぅん。この酒。名前とかあんの?」

「お嬢さん向きですので、ウェザー・カクテル『雨夜』とでも」

「飲めば、何か変わる……かも、ね?」

「さあ。どうぞ」



 酒は好きではあるが、色や味を重視して飲むことはなかったが。変わり種でも『面白い』と思えるここの酒には興味が湧いていた。わざわざ、ひとつでも酒精の高い酒をいくつか『混ぜて』『整える』方法が面白い。


 冷たいのは作り方を見ていたので、軽くグラスを傾けたが。味のするはずの酒を口に入れたはずが、『甘い水』を飲んだかのようにするすると入っていく。その味には一つ覚えが。


 駆けだしの頃に捜索隊に見つかるまで、雨水を飲みまくって飢えを凌いだときの……あの苦い甘露のような味わいに。



「……ここは、分岐点かい?」



 出された酒の意味を問うのに、グラスを置いたが。店主の方からは『いいえ』と返事をくれた。



「まだ間に合います。あなたはもう駆け出しではないことを思い出せた。……夜の雨を恐ろしくないよう、ほかの駆け出したちを探してください」

「ったく。どっかに滑って『落ちた』のはあたしの方もかい?」

「ははは。ここが夢想かどうかを決めるのはあなたではありませんから」



 と、そこで意識がぷつんと途切れ。気が付けば、ミケイラは岩場どころか崖下で足をひねってしまっていたのだった。


 あの酒場での記憶はたしかにあるのだが、たしかに『駆け出し』を思い出すきっかけにはいい気付け薬だったかもしれない。捜索隊一員としては、情けないが救援を呼ぶのに魔法の手紙をすぐに飛ばした。



「雨の夜……これで、苦手意識つくってたのはあたしのほうだ」



 あの店主に言われ、あの酒を飲んだ時に思い出した『トラウマ』。それを今拭い払い、次の好機へと転じさせるのは己の意気込み次第。次があるかわからないが、あの酒を今度は『美味いもの』として飲みたいとミケイラは強く思った。


 とりあえず、応援が来るまでは体力回復も兼ねて足の治療に専念していく。

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