第3話

衝撃で、体が宙に浮いた感覚だけが残った。


次に意識が戻ったとき、葉山薫はバスの窓から上半身をだらりと外へ投げ出していた。

景色が上下逆さまに揺れ、何が起きたのか理解する前に、重力が仕事をする。


「……あ」


短い声を出した直後、バランスを失い、そのままアスファルトに落ちた。


全身に鈍い衝撃が走ったはずなのに、痛みは遅れてやってくる。

意識はあるのに、思考だけが霧がかったようにぼんやりしている。


焦点の合わない目を必死に瞬かせる。

少しずつ世界が形を取り戻し、視界の端に“誰か”が映った。


バスの中で見た、赤ん坊を抱いた女性だった。


いや、正確には「だった」という表現が正しい。

彼女はもう動かず、表情も、抱いている小さな命も、完全に静止している。


「クッソが」


葉山は声にならない声でそう呟いた。


立ち上がろうとしたが、手足が自分のものじゃないみたいに重い。

世界が再び遠のき、意識が暗転しかけた、そのとき。


視界の端、少し離れた場所に“それ”がいた。


フードの男。


今度は顔が見えた。

あごのあたりに、はっきりとした傷跡がある。


男は一瞬だけ、こちらを見た気がした。

目が合った――そう思った瞬間、景色が完全に暗くなった。


――――――――――


「……起きた?」


天井が見えた。


白い。やけに清潔で、無機質な白。

病院特有の匂いが、遅れて鼻をつく。


体を動かそうとして、やめた。

動かせない。というか、動かすという選択肢が最初から存在していない。


体中に違和感がある。

視線を下げると、点滴の管が何本も自分から伸びていた。


「……生きてる?」


独り言がやけに現実味を帯びて響く。


顔だけをゆっくり横に向けると、そこに“異物”がいた。


黒を基調とした、フリルだらけの服。

いわゆるゴスロリ、というやつだろう。

年齢は自分と同じくらいか、少し上か。長い髪に、不釣り合いなくらい明るい笑顔。


葉山は怪訝そうな顔をした。


すると、その女は楽しそうに微笑んで、こう言った。


「なろう系小説みたいに転生すると思った?」


葉山が{?}の表情をを浮かべると

彼女は腹を抱えて笑った。

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