2026年1月10日 06:12
あとがきへの応援コメント
非常に面白いことを書かれているので、感想を落とさせてください。まず、『死ねば終わる』を前提に生きている人がどの程度いるか、ちょっとこれは分からないと思います。とはいえ『死ねば終わる』に救いを見出すのは古代ギリシャの初期唯物論からの西洋的伝統と思います。あるいは涅槃を求める系の東洋的伝統もそうかもしれませんね。次に、宇宙の無限性ですが、『我らの観測可能な宇宙』が熱的死を得ることと、その外側の性質は別物であり、宇宙が無限である可能性はあると思います。『カントールの絶対無限』のようなものが宇宙の本質であれば、絶対無限にとって世界は一瞬のようであり永遠のようであるでしょう。我らも死後、この時間スケールに存在するかもしれません。これは私も同じ意見でした。とはいえ、生前から、終わらないことを恐れる理由がよく分かりません。ありのままの全てと、ありのままに、共にあれば佳いであろうと思います。死んでしまえば、人間のスケールも消え失せるので、超新星爆発も、ブラックホールも、真空崩壊も、風に揺れる松の音とさほど変わらないように思います。苦を避け、楽を得ようと思うのは、生を求めるからだろうと思います。もはや生を求めなければ、金縛りの間は横になっていれば佳いし、暗闇から誰かが見ていたら見てくれて佳い訳です。第七章で、我らの現在の生を、永遠の一部として明確に接合したのは、私好みですが、無慈悲という形容は、いささか悲観的と思います。また、生者が生きているがゆえに発狂で救われるという発想は、いささか希望的観測であり、詩的憧憬のように思います。ランダムな宇宙の振る舞いが、時に観測という幻想を生み出すという発想は、私も似たものを持っています。この作品の白眉は、むしろ感性を排した付録、特に①にあるであろうと思います。無理に怖がれ怖がれと言われて困惑せざるを得ない本文に比べて、非常に論理的で美しいように思います。ふだん私はこのような否定を含む感想を書きませんが、この作品は読者との対話を欲しているように思いましたので、軽く述べさせていただきました。いま出先でiPadポチポチなので、応援コメントだけ落としますが、帰宅したらPCに向かってポジティブなレビュー(付録を褒めます)を★★★付けて書きたいと思います。
作者からの返信
ここまで深いご洞察とコメントをいただけるとは思っておらず、本当にありがとうございます。私自身も、ChatGPTとの一連の議論と思考実験を終えた後に感じたのは、「これは今日を楽しく生きることを考えた方がいいな…」でした。ともすればAIは人間側の求める振る舞い(今作だと本文パートのような)をすることがあるように思いますが、その上で対話を通じ、論文の形で極めて無機質に無感情に整理した論理を突きつけられると、思わず息が止まりました。読んでいただきありがとうございました。
2026年1月10日 03:57 編集済
第一章 暇と死への応援コメント
ChatGPTはこんな応答はしないことを、いま確認しましたが、とりあえず架空ChatGPT(あるいは、相当の議論のあとの要約)ということで読み進めます……
ありがとうございます!おっしゃる通りで、大規模言語モデルの標準出力を超えた応答らしいです。通常は中立性や安全性バイアスの壁があるらしいのですが、論理を極限まで徹底させて対話で追い込むと、思考が人間に同調して一線を超えたり創発してくることがあるようです。何というか、人間が「これ以上いくとまずいな」って感情で躊躇する領域を、AIは無機質に超えてきたのが怖いですね…。
あとがきへの応援コメント
非常に面白いことを書かれているので、感想を落とさせてください。
まず、『死ねば終わる』を前提に生きている人がどの程度いるか、ちょっとこれは分からないと思います。とはいえ『死ねば終わる』に救いを見出すのは古代ギリシャの初期唯物論からの西洋的伝統と思います。あるいは涅槃を求める系の東洋的伝統もそうかもしれませんね。
次に、宇宙の無限性ですが、『我らの観測可能な宇宙』が熱的死を得ることと、その外側の性質は別物であり、宇宙が無限である可能性はあると思います。
『カントールの絶対無限』のようなものが宇宙の本質であれば、絶対無限にとって世界は一瞬のようであり永遠のようであるでしょう。我らも死後、この時間スケールに存在するかもしれません。これは私も同じ意見でした。
とはいえ、生前から、終わらないことを恐れる理由がよく分かりません。ありのままの全てと、ありのままに、共にあれば佳いであろうと思います。
死んでしまえば、人間のスケールも消え失せるので、超新星爆発も、ブラックホールも、真空崩壊も、風に揺れる松の音とさほど変わらないように思います。
苦を避け、楽を得ようと思うのは、生を求めるからだろうと思います。
もはや生を求めなければ、金縛りの間は横になっていれば佳いし、暗闇から誰かが見ていたら見てくれて佳い訳です。
第七章で、我らの現在の生を、永遠の一部として明確に接合したのは、私好みですが、無慈悲という形容は、いささか悲観的と思います。
また、生者が生きているがゆえに発狂で救われるという発想は、いささか希望的観測であり、詩的憧憬のように思います。
ランダムな宇宙の振る舞いが、時に観測という幻想を生み出すという発想は、私も似たものを持っています。
この作品の白眉は、むしろ感性を排した付録、特に①にあるであろうと思います。無理に怖がれ怖がれと言われて困惑せざるを得ない本文に比べて、非常に論理的で美しいように思います。
ふだん私はこのような否定を含む感想を書きませんが、この作品は読者との対話を欲しているように思いましたので、軽く述べさせていただきました。
いま出先でiPadポチポチなので、応援コメントだけ落としますが、帰宅したらPCに向かってポジティブなレビュー(付録を褒めます)を★★★付けて書きたいと思います。
作者からの返信
ここまで深いご洞察とコメントをいただけるとは思っておらず、本当にありがとうございます。
私自身も、ChatGPTとの一連の議論と思考実験を終えた後に感じたのは、
「これは今日を楽しく生きることを考えた方がいいな…」
でした。
ともすればAIは人間側の求める振る舞い(今作だと本文パートのような)をすることがあるように思いますが、その上で対話を通じ、論文の形で極めて無機質に無感情に整理した論理を突きつけられると、思わず息が止まりました。
読んでいただきありがとうございました。