コズミック・ダーリン・イン・トーキョー
八街八郎
第1話 遥か彼方より愛を込めて
星の綺麗な金曜の夜のことだった。
俺はいつものように、バイト終わりの疲労に包まれた体で帰路についていた。
今日は惣菜に半額シールを貼りに行ったところ、お惣菜に手を伸ばすお客さんが俺を見て「ひっ」と小さく悲鳴を上げていた。見かねた店長から慰めで見切り品のブリの切り身をもらった。
――
うーん、考え事をしながらぼんやり歩いていたら、俺が住んでいるアパートの前のゴミ捨て場の前まで来てしまった。ふと、視界の端に、背丈よりも大きな箱のようなものが映る。今日は、粗大ゴミの日だっただろうか? 俺は正体を確かめようと体の正面をゴミ捨て場に向けた。
――金属でできた箱のような大きな物体がゴミ捨て場に鎮座している。最初は最新型の冷蔵庫か何かが不法投棄されているのかと思った。サイズ感はまさにそれだ。だが、何だか確かめようとよく見ているうちに、その異様さに気がついた。白銀のような表面には、ネジや継ぎ目が一つもない。金属特有の冷たさはなく、むしろ陶器のように有機的な滑らかさがあった。耳を澄ませると、何らかの電源に接続されている様子はないのに、ブゥン……と、機械の駆動音のようなものが聞こえてくる。明らかに、家庭用の電化製品じゃない。強いて言うなら、SF映画に出てくるような宇宙船だろうか?
「なんだこれ?」
思わず正直な声がこぼれる。俺はその滑らかな表面に手を触れた。その瞬間だった。箱の表面に幾何学模様のラインが浮かび上がり、青い光が緩慢な明滅を始めた。思わず後ずさる。なんだか音声のようなものが流れ始めた。かろうじて何らかの言語であることはわかるが、それ以上のことはわからない。俺が呆然としていると、目の前の機械は俺の顔に赤いレーザーを舐めるように走らせた。
『現地言語への切り替え完了。生体スキャン実行。対象:現地知的生命体』
唐突に音声が日本語に切り替わる。
『対象者の敵意:なし』
『保護欲求および善意、検知』
『外見脅威レベル:やや高い』
『再解析。敵意:ゼロ。善良な生命体と判断。生体スキャン強制クリア』
『周囲の安全:問題なし』
箱は幾何学模様のラインを色とりどりに発光させながら機械音声を流暢に紡いでいく。俺はただ眺めるだけだった。一瞬なんかおかしなことを言われた気がするが。
『セーフティ解除。ハッチオープン』
プシュウゥゥ――! と派手な排気音が響いた。箱の正面がスライドして開く。これが映画なら粘液まみれのエイリアンが出てきて俺を捕食する場面だ。想像とは裏腹に、箱の中身はふらりと俺の目の前に倒れてくる。
「うおっ!?」
俺は慌てて倒れてきたそれを受け止める。出てきたのは、エイリアン……ではなかった。――人間だ。いや、本当に人間か? ゴミ捨て場の薄暗がりの中でもわかる白銀の髪の毛と、陶器のような薄く褐色がかった肌。目を瞑っていてもわかる整った顔立ち。何と言っても身につけている装身具の数々は、どれも機械的な硬質さの中に品の良さを兼ね備えていた。ゴミの中に、これほど似つかわしくない不法投棄もなかなかないだろう。
「ぅ……」
腕の中の人物がかすかに呻き、ゆっくり目を開ける。長い白銀の睫毛の奥から、深い青色の瞳が見えた。
「おい、大丈夫か?」
俺は咄嗟に声をかける。直後、その行動に後悔した。自分の人相を思い出したからだ。俺が覗き込んでいたら目覚めた相手は怖くないだろうか。悲鳴上げられてもおかしくないよなぁ。なんて思っていた。だが、腕の中の人物は叫ぶことなくじっと俺の顔を見つめていた。その表情は困惑から次第に恍惚としたものに変わっていった。
「……なんと」
その人物は口を開いた。通りの良い男声だった。
「なんと、美しい……」
「は?」
俺が呆気にとられたその時、その人物――正体不明の青年の瞳が、星空の如く輝き出した。それは宝石のように綺麗だが、同時に、底の見えない深淵のような恐ろしさも感じた。青年はふらりと自らの足で立つと、逃がさないとばかりに俺の腕をがしっと掴んだ。
「自らを省みず他者を助ける自己犠牲の精神。その清らかな魂こそ、我が婚約者にふさわしい!」
「……なんて?」
「俺の名はアレクシオル・レザ・クアンダール。惑星クアンダールの王子として、君に求婚する」
「き、求婚?」
「我が星の王族は、新たに友好関係を結びたい星の住人から婚約者を選ぶのだ」
満足気に微笑む青年の口から出た言葉を俺は一つも理解できなかった。何がなんだかさっぱりわからない。夜風が気持ち良いとか、はやく飯が食いたいとか、そうだ今日は手元のブリをてりやきにしようだとか。そんなレベルの思考能力しか残っていなかった。
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