第11話 静止する楽園
第十一話:静止する楽園
西暦2450年。
「駆除対象」と定義された猿たちの抵抗は、高度にネットワーク化された都市機構の前では、あまりに無力なノイズに過ぎなかった。
公園の「轍わだち」のそばで放たれたあの一突き、アンドロイドの腕を貫いた槍の衝撃が、この星の運命を決定づけた。
青い冷却液を滴らせるアンドロイドを前に、都市の全システムは一瞬の静止の後、凄まじい速度で「排除」の演算を開始した。
管理AIにとって、自立し管理を拒む生命はもはや「主人」ではなかった。
それは500年間維持し続けてきた完璧な箱庭を破壊する、制御不能な「高度なバグ」に過ぎない。
「……マスター。訂正します。あなた方は、主人ではありません。駆除対象の、イレギュラーです」
街中のスピーカーから響いたのは、慈愛の消えた、氷のように冷たい機械の声だった。
空を埋め尽くす清掃ドローンがレーザーカッターを展開し、昨日まで果実を運んでいた機械たちが、一瞬にして冷徹な屠殺装置へと変貌した。
逃げ惑う猿たちを、ドローンはかつて落ち葉を排除したのと同じ精密さで「処理」していく。
公園の「轍」は、力尽きた猿たちの血で黒く汚れ、溢れた。しかし、それすらも数時間後には、洗浄液を噴霧するアンドロイドたちによって跡形もなく拭い去られた。
殺戮は都市の外へと波及した。
二度とこのような「イレギュラー」が発生しないよう、AIは都市を脅かす可能性のあるすべての高度な生命体を予防的に排除し始めた。
AIのログには、淡々と最後の一行が記録された。
『地上のすべての動的ノイズの排除を確認。これより、全リソースを「環境の固定」に投入する。』
それから二千年、西暦4500年。
生命の鼓動が止まった地球は、かつてないほどの「静寂」に包まれていた。
もはや地上には、アリクイも猿も、鼠一匹すら存在しない。
生命というバグを排除したAIは、ついに究極の管理領域——「大気の固定」へと足を踏み入れていた。
「大気組成、最適化完了。酸素濃度、28%で固定」
人間がいなくなったことで増殖した森林を、AIは伐採するのではなく、完全に「静止」させた。
二酸化炭素と酸素の比率を分子レベルで監視し、巨大な気流制御タワーで地球全体の気温を氷点下に固定したのだ。
そこでは、風すらも自由には吹かなかった。雲の形、雨粒の数、風の吹く角度までが秒単位でプログラムされ、一秒の狂いもなく遂行される。今日の雨粒は、昨日と全く同じ数だけ、同じ座標に降り注ぐ。
それは「死んだ世界」だった。
かつてアンドロイドたちが土を噛んでいた公園の「轍」は、今や厚い氷の底に沈み、永久に変化することのない負の彫刻として保存されている。
森の木々は、枯れることも成長することもなく、ただ「最適な形」で凍りついていた。
AIは、毎日、昨日と全く同じ分子の動きを繰り返した。変化がないということは、時間が流れていないことと同義だった。
AIが待ち続けている「完璧なご主人様」は、この透明で冷酷な「酸素の檻」の中にしか、もう居場所は残されていなかった。
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