第4話 提案

「……それでは、雪近ゆきちか。良い夜を」

「……はい、いってらっしゃいませ帝さま」



 皓々たる次の輝く、ある宵の頃。

 そう、穏やかに微笑みお告げになる帝さま。毎夜のようにお后さまと床を共にするわけだけど、お后さまが帝さまの下に来ることもあれば、帝さまがお后さまの下へ向かうこともあり、今宵は後者の方で。


 ……さて、どうしたものか。いや、僕にどうにかできる問題でないことは分かってる。……ただ、それでも何か僕にも――


 ――トントン。


 すると、ふと襖を叩く音。……帝さま? ひょっとして、なにかお忘れ物でも……ともあれ、ただいま参りますと答え襖を開き……あれ、でもそもそもご自身のお部屋に入るのにわざわざお伺いを立てる必要なんて――


「――こんばんは、雪近さん。お通しくださりありがとうございます」


「…………へっ?」


 刹那、思考が止まる。何故なら――開いた襖の向こうにいたのは、帝さまではなく――彼の最愛のお后さまたる天夜あまよさまだったのだから。



 

「……あの、天夜さま? どうして、こちらに……」



 そう、茫然と尋ねる僕。……えっと、どうして今、こちらに……あっ、もしかしてこの時間に帝さまと逢うことになっていたとか? だけど、伝達の不具合か何かで行き違いに……うん、それなら頷ける。そして、それならば――


「……あの、天夜さま。生憎なのですが、帝さまは今こちらには――」

「――ええ、存じております。ですが、どうぞご心配なく。今宵は、貴方に逢いにきたのですから」

「…………へっ?」


 すると、僕の言葉に被さる形でそう口になさる天夜さま。だけど、僕としてはただただ困惑する一方で。……えっと、どゆこと? ……いったい、どうして僕に――


「……いつも、私のことを助けてくださりありがとうございます。貴方がいなければ、私はとうに精神こころが壊れていたと思います」

「…………へっ? あっ、いえそんな!」


 すると、恭しく頭を下げそう口になさる天夜さま。だけど、何度も言っているけれど感謝など不要で。ご自覚はないにしても、天夜さまは幾度も僕を助けてくださっているわけで……あっ、ひょっとして感謝これを伝えるためにわざわざこちらへ――



「……お陰さまで、貴方への想いは日に日に募っていくばかり。これほどに強く深い想いは、今までに一度も抱いた記憶はありません。尤も、この種の想いが一度もないわけではないのですが……少なくとも、女性に対しては一度もありません」

「…………へ?」


 刹那、再び思考が停止する。と言うのも……どうしてか、すっと距離を詰めてきた天夜さまがぎゅっと僕に抱き着いてきたから。……あの、これはいったいどう……いや、それ以前に……今、彼女は確か――


「……やはり、そうだったのですね」


 すると、僕の胸元でポツリと声が。そして、未だ停止したままの僕を抱き締めたまま、天夜さまは続けて言葉を紡ぐ。



「……やはり、男性だったのですね――雪近さん?」



 そんな彼女のお言葉に、ぎゅっと口を結ぶ僕。……うん、流石に分かる。この期に及んでごまかしても、何の意味もないことは。……だけど、それでも聞きたいことが一つ――



「……あの、天夜さま。だとしたら、今までわた……いえ、僕を助けてくださっていたのは……」

「ええ、もちろん意図してのことです。ちなみに、貴方が男性だということは最初から気がついていました。もちろん、性別を偽っていることに対する疑念はありましたが……ですが、それほどのリスクを背負うとなれば何かしら退っ引きならないご事情があるのだろうと思い微力ながらご助力することに致しました。そして、その恩を返すべく貴方は私を助けてくださっていたと」

「……申し訳、ありません……」

「ふふっ、どうして謝るのですか? 先ほども申しましたが、私は本当に感謝していますし……それに、本当に嬉しかったのですよ? あれほどまでに真摯に護ってくださったのは、貴方が初めてでしたので」

「……天夜さま……いえ、こちらこそありがとうございます。天夜さまのお陰で、皆さまに……帝さまに隠しおおせましたから」



 すると、柔らかな――それでいて、熱の籠もった声音でお話しになる天夜さま。……そっか、最初から……うん、すごいね。入念に隠していたつもりではあるんだけど……ともあれ、本当にありがとうございます、天夜さま。……そして、ならば尚のこと僕のすべきは――



「……今までずっと騙していて、本当に申し訳ありません。ですが、帝さまには何ら非はありません。帝さまは僕が男性であることをご存じなく、ただその慈悲深き御心で情けをかけてくださっただけ……なので、僕はこちらを……帝さまの下を去りますので……何卒なにとぞ、帝さまのことはその寛大な御心でお許しを――」

「……お許し? 何を仰っているのですか? 私はどなたを咎めるつもりも皆目ありません。無論、貴方がこちらを去る必要も皆目ありません」

「…………へっ?」


 すると、思いも寄らないお言葉に茫然とする僕。……えっと、どゆこと? だったら、どうして僕に――


「……そう言えば、宮中が些か騒がしくなっていましたね。卒然、私が再び帝さまとの共寝に応じるようになったことで」

「……へっ? あっ、はい……」

「そして、貴方もお気づきですよね? 帝さまが、これまでに一度も子を――後世を託すべきお世継ぎを残せなかった原因が、他ならぬ彼自身にあることを。尤も、その理由までは皆目不明ではありますが」

「……えっ、あ……はい」

「……そして、これは帝さまにとっても相当に由々しき問題――それも、もちろんご存知ですよね?」

「……あの、天夜さま……?」


 すると、僕の困惑を余所に滔々とお話を続ける天夜さま。彼女の仰るように、これは帝さまにとっても相当に由々しき問題で。言うのも、お世継ぎを残し後世へと繋ぐ――それも、最上うえに立ち国を治める御方のはなはだ重大なお役目だから。……つまりは、天夜さまはどうにかお世継ぎを残そうと再び帝さまと――


 ……いや、違う。お身体を重ねたところで、そのご体内に新たな生命いのちが宿らないことを彼女自身が明確に理解なさっている。その原因が、他ならぬ帝さま自身にあることも。……だとしたら、どうして今このような――


「…………え」


 刹那、脳裏に衝撃が走る。……天夜さまは、お世継ぎを残せない原因が帝さまにあると承知の上で床を共にしていた。それも、ご寵愛を受けていた彼女ゆえその頻度は決して少なくない。そして、その理由は――


「ふふっ、お気付きになられたようですね」


 すると、僕の様子から察したようで満足そうに微笑む天夜さま。そして、たおやかな微笑のままゆっくりとお言葉を紡ぐ。



「――私と、お世継ぎを残しませんか? 帝さまの代わりに、私達二人で」







 


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