ゲキセンク

@kurenan

第1話 『終わりの始まり』

 −朝が来る、今日も変わらない日−

いつものようにソーマは起きて出かける準備をする。


極貧の生活を送る少年ソーマは、生きるために日雇い仕事を転々とする日々を過ごしていた。

天井の低い安宿の一室。壁にはひびが走り、魔法灯はとうに壊れている。

金があれば直せた。

 いや、金があれば、ここに泊まることもなかった。


 通りに出ると、街はすでに動き始めていた。

 魔法商店の前では、色とりどりの光が揺れている。魔力増幅の指輪、自己修復する剣、戦闘用の詠唱補助具。

 どれも値札を見るまでもない。ソーマの一ヶ月分の稼ぎより、ずっと高い。


「持ってる奴が強くて、持ってない奴は弱い」


 それが、この世界の当たり前だった。


 日雇いの仕事を求めて回ったが、結果は同じだ。

 体格が足りない、魔力が低い、経験がない。

 理由はいくらでも並べられるが、結局は一つに収束する。


 ――金にならない。


 昼を過ぎた頃、街の空が突然暗くなった。

 雲ではない。巨大な魔法映像が、空一面に広がったのだ。


『全世界の皆様へ!』


 やけに明るい声が響く。

 黄金の紋章。その中央に刻まれた黒い紋様を、ソーマは知っていた。


 ブラックギルド。


『人生を変えるチャンスを、あなたに。

 勝者には莫大な報酬、名誉、そして完全なる自由を――』


 人々が足を止め、見上げる。

 誰もが知っている。これはただの宣伝じゃない。

 世界規模で行われる、“ゲーム”だ。


 命を賭けることになる、と小さく注意書きが流れたが、誰も気にしていない。

 派手な映像と甘い言葉が、それを塗りつぶしていく。


「……自由、か」


 ソーマは呟いた。

 それは、金を持つ者だけが使える言葉だと思っていた。


 夕方、最後の望みだった仕事も断られた。

 宿の主人には支払いを催促され、食堂では皿を下げられる。

 生きているだけで、迷惑だと言われている気がした。


 路地裏で、ソーマは立ち止まった。

 壁にもたれかかるように置かれた、黒い端末。


 見覚えがある。

 ブラックギルドの参加端末だ。


 逃げる理由はなかった。

 生き延びる手段も、ここにはもう残っていない。


 そっと触れた瞬間、端末が低く唸り、文字が浮かび上がる。


【参加資格:有り】


 思わず、笑いそうになった。

 金も力もない人間ほど、「資格」があるらしい。


 参加すれば、死ぬかもしれない。

 参加しなければ、確実に終わる。


 ソーマは理解していた。

 これは救いではない。

 弱者を選別し、使い捨てるための仕組みだ。


 それでも。


「……やるしかないだろ」


 誰に言うでもなく、そう呟いて、端末を起動した。


 画面に、最後の文字が表示される。


【ようこそ、激戦区〈ゲキセンク〉へ】


 その瞬間、ソーマの日常は、完全に終わった。

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