#02 対話


 仕事が休みの土曜日。

 本来なら、自分のアパートで昼までゴロゴロして惰眠を貪り、起きたらカップラーメンでも食べて、夜までゲームして過ごしていたであろう。

 なのに今日は、一人暮らしの女性の部屋に滞在している。これが恋人との逢瀬だったら嬉しい状況だけど、俺には恋人などいないし、正座したまま説教されているので、ちっとも嬉しくない。


 会社ですら、こんなに怒られた経験はない。入社したばかりの新人時代ならまだしも、もう俺も3年目だしな。重要な案件を任されることはまだないが、ぬるいながらも実績は出しているほうだと思う。

 そんな、可もなく不可もないはずの俺が、会社の先輩にお説教をされている。仕事に全く関係ない話で。


「だいたいさ、記憶が無いってどーゆーこと?あれだけチョーシいいこと言っておきながら、全部忘れた?ふざけんな!」


「いや、その・・・すんません」


「なにが『大船に乗ったつもりで俺に任せてください!』だよ!大船どころかドロ船じゃん!年下男子に期待した私がバカだったよ!」


「あ、はい」


 そんなことを言った記憶などないが、俺なら酔った勢いで言っててもおかしくないな。しかし、なにに対して『任せろ』と言ったのかが気になる。


「会社でもいつも『先輩!先輩!』って慕ってくれて、可愛い後輩ができて嬉しかったのに、全部台無しだよ!今まで散々面倒みて可愛がってきたのに、飼い犬に噛まれるとはこのことか!」


 飼い犬になった覚えなどないんだけど、先輩は俺のことをそう思っていたのか。地獄のような状況は変わらないが、先輩の本性が徐々に見えてくるな。


「すんません・・・それで、お怒りのところ申し訳ないんですが、お手洗いを借りてもいいですか?昨日飲み過ぎたせいで、トイレが近いみたいで」


「はぁ!?バカにしてんの!?私だってトイレ行きたいの我慢してるのに!」


「だったら先にトイレ行ってくださいよ。俺はあとでいいんで」


 レディーファーストは基本だよな。そもそも先輩の部屋のトイレだから、俺には優先権がないのだけど。


「そんなこと言って、ホントは私がトイレに行ってるあいだに逃げるつもりでしょ! あ!まさか!あんた、私のあとにトイレでなにするつもりなのよ!?変態!」


 いや、アンタがトイレ我慢してるっつーから、先に使ってくれって言っただけなのに、なんでそんなに変態扱いされるんだよ!?

 でも、そんな本音を言ってしまったら、また火に油を注ぐだけなので、言えない。


「だいたいさ、三十路前のアラサーだと思って、バカにしてるんでしょ!ホントは心の中じゃ、いき遅れのババァがみっともねー!とか思ってんでしょ!」


「いや、先輩、彼氏さんいるじゃないっすか。そんな人にそんなこと思わないっすよ」


 他の30過ぎの女性社員にそう思ったことならあるが、先輩に対してはそんなことは一度も思ったことはない。ただし今だけは、『うぜぇババァだな』とは思っているが。


「元カレのことを言うな!忘れようとしてんのに!キズを抉るな!」うわぁぁん


「えええ!?」


 マジかよ・・・

 それで普段は温厚な先輩が、こんなに情緒不安定なのか。


「あの、その、なんというか、ご愁傷さまです。先輩、美人だから次の相手もきっとすぐに見つかりますよ」


「なに他人事みたいに言ってんのよ!」


 いや、他人事だろ。

 あれ?待てよ?先輩の口ぶりからは、俺はすでにそのことを聞いてるふうだな。

 ってことは、さっき思い出せなかった先輩が重要な話をしてた気がしたのって、元カレと別れた話だったのか!?

 で、それ聞いて、なんでエッチしてるんだよ!俺は! どう考えても、面倒なことになるの、目に見えてんじゃん!


「なにか言いなさいよ!どう責任とるつもりなのよ!」


 くそ、一回エッチしたくらいで責任とかどーすんだよ!アラサー女のプレッシャー、ハンパねーな!彼女いないのに修羅場経験するとか、新年早々最悪じゃん!

 まぁ、やっちまった俺にも非があるから、強気に出れなくて地獄のような状況なんだけど。


「えーっと・・・この度のことは誠に遺憾でありまして、今後はこのようなことがないように、管理体制の見直しと意識改革に取り組みまして、再発防止に努めます」


「なんで、不正が発覚した会社の社長みたいなこと言ってんのよ!意味がわかんない」


 うむ。俺もこの状況、さっぱり意味がわからん。


「だって先輩、俺、マジで昨日のこと憶えてないんすよ?責任とれって言われても、どうすればいいか分かんないっすよ」


「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ。ホントは酔いが醒めて冷静になった途端、面倒臭くなって、そんなこと言ってるんでしょ?」


「いや、ホントに憶えてないんすよ!気付いたら裸で寝てて、なんにも憶えてなくて、自分でも『もったいねぇ!』とか思ったくらいなんですから!」


「うわ、サイッテー。結局、桃田君も体しか目当てじゃないのね。氏ね!100回氏ね!」


 とうとう、氏ねとまで言われてしまった。

 しかし、そんなことよりも、マジでトイレ行きてぇ。




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