第8話 断罪の前夜

石造りの通路は、夜でも冷え切っていた。


松明の炎が揺れるたび、影が壁を這う。

足音が反響するたびに、胸の奥がざわつく。


腕を掴まれたまま、俺は歩かされていた。


「――離してくれ」


そう言っても、返事はない。


騎士たちは無言だった。

必要以上に強くは掴まない。

だが、逃げる余地も、話す余地も与えない。


連れてこられたのは、王城から少し離れた詰所だった。


重い扉が閉まる音が、やけに大きく響く。



事情聴取は、簡素な部屋で行われた。


石の机。

椅子が二脚。

窓はなく、外の気配も分からない。


向かいに座る騎士は、羊皮紙を広げ、淡々と問いを投げてくる。


「名前」


「霧島時人」


「職業」


「冒険者です」


「晩餐会の警備に参加した理由は」


「臨時依頼を受けました。

 外周警備と伝令のみ、屋敷内への立ち入りは禁止されていました」


騎士は頷き、羽ペンを走らせる。


「その禁を破って、中に入った」


「……助けを求められたからです」


「誰に」


「屋敷のメイドに」


事実だ。

名前を出さずとも、それで十分なはずだった。


「その後、屋敷内で何を見た」


「混乱していました。

 貴族が倒れ、叫び声が上がり、人が出口に――」


「倒れた貴族は誰だ」


「……」


一瞬、言葉に詰まる。


名前を聞いた記憶はある。

だが、俺にとっては“その場で倒れた一人”でしかなかった。


「……名前に心当たりはあります。

 ですが、俺自身は面識もなく、詳しいことは知りません」


騎士は、ゆっくりと顔を上げた。


「バルネス男爵だ」


胸の奥に、重たいものが落ちた。


「晩餐の最中、ワインを飲んだ直後に血を吐いて倒れた。

 毒の疑いが濃い」


「……俺は、何も知りません」


「だが、お前はその場にいた」


「警備として、です」


「警備は外周だ」


言葉が、少しずつ首を絞めてくる。


「さらにその後、屋敷の奥で爆発が起きた」


「……それは、俺が入る前です」


「誰にも確認できない」


騎士は、淡々と続けた。


「地方貴族が毒で倒れ、会場が混乱し、

 その混乱の中で屋敷内に侵入した冒険者がいた」


「……」


「さらに、爆発」


羽ペンが止まる。


「偶然にしては、出来すぎている」



「俺は――!」


声を荒げかけて、止めた。


ここで感情を出しても、意味はない。


「俺は、呼ばれたんです。

 メイドに助けを求められて……」


「それを証明できる者は?」


「……リアです。屋敷でメイドをしています。

 彼女を呼んでください。

 そうすれば、俺の言っていることが分かります」


部屋の空気が、一瞬だけ動いた。


騎士は無言で立ち上がり、外へ出ていく。


しばらくして、扉が再び開いた。


先に入ってきたのは、壮年の男。


アルバート・グリムフォード侯爵だった。


穏やかな笑み。

だが、その瞳は深く沈んでいる。


「時人君……なんということをしてくれたんだ」


静かな声だった。


「さすがの私でも、これは……かばいきれない」


「……?」


頭が追いつかない。


続いて、リアが入ってきた。


いつものメイド服。

だが、表情がない。


瞳は焦点を結ばず、どこか遠くを見ている。

首元の錠前付きの首輪が、赤く鈍く光っていた。


「リア……!」


思わず声が出る。


「リア!

 見てたよな?

 俺が、あの時……!」


侯爵が、静かに口を開いた。


「リア。本当のことを言ってみなさい」


その声は、優しい。

だが、逃げ道のない命令だった。


「……見たことを、ね」


リアは一歩前に出た。


ゆっくりと、口を開く。


「……私は……見ていません」


声に抑揚はない。


「騒ぎがあって……

 お客様を案内しなければと思い……

 その時に、爆発が……」


言葉は整っている。

けれど、どこか“借り物”だった。


「時人様が……中にいたかどうかは……

 分かりません」


その瞬間。


堰を切ったように、涙がこぼれた。


感情を押し殺したまま、

それでも溢れてしまった水滴が、

頬を伝い、床へと落ちる。


無表情のまま、

ただ静かに――泣いていた。


胸の奥が、冷たく凍りついた。


(……違う)


違う。


あの時の、必死な声。

震える瞳。


全部、覚えている。


だが――

今のリアは、それを否定している。


侯爵は深く息を吐いた。


「……残念だよ、時人君」


その声に、感情はなかった。



その後は、あっという間だった。


手錠を掛けられ、

王城へと引き立てられる。


玉座の間。


王は、苛立ちを隠そうともせず言い放った。


「貴様!

 役立たずなうえに犯罪を犯すとは何事だ!」


唾が飛ぶ。


「大事な召喚石を使わせただけでなく、

 国に害をなすとは!」


隣で、騎士団長が怒鳴る。


「そうだ!

 王の温情を無下にしおって!」


(……誰が、呼んでくれと頼んだ)


喉の奥で、言葉が渦巻く。


勝手に召喚され、

無能だと突き放され、

今度は――犯罪者。


理不尽が、積み重なっていく。


手首に食い込む金属の冷たさが、

逃げ場のない現実を突きつける。


拳に力を込める。

だが、行き場を失った怒りが、

胸の内側で鈍く軋んだ。


ただ、悔しかった。


何も悪いことをしていないのに。

誰かを助けただけなのに。


それが、罪になる世界だということが。



牢へと向かう廊下で、俺は俯いた。


(……まだだ)


ここでは、使わない。


〈時戻し〉は、最後の切り札だ。


今はただ――

この理不尽を、

この身で受け止めるしかない。


重い扉が閉まる音が、背後で響く。


――夜は、静かに、深く沈んでいった。


──────


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