第8話 断罪の前夜
石造りの通路は、夜でも冷え切っていた。
松明の炎が揺れるたび、影が壁を這う。
足音が反響するたびに、胸の奥がざわつく。
腕を掴まれたまま、俺は歩かされていた。
「――離してくれ」
そう言っても、返事はない。
騎士たちは無言だった。
必要以上に強くは掴まない。
だが、逃げる余地も、話す余地も与えない。
連れてこられたのは、王城から少し離れた詰所だった。
重い扉が閉まる音が、やけに大きく響く。
◆
事情聴取は、簡素な部屋で行われた。
石の机。
椅子が二脚。
窓はなく、外の気配も分からない。
向かいに座る騎士は、羊皮紙を広げ、淡々と問いを投げてくる。
「名前」
「霧島時人」
「職業」
「冒険者です」
「晩餐会の警備に参加した理由は」
「臨時依頼を受けました。
外周警備と伝令のみ、屋敷内への立ち入りは禁止されていました」
騎士は頷き、羽ペンを走らせる。
「その禁を破って、中に入った」
「……助けを求められたからです」
「誰に」
「屋敷のメイドに」
事実だ。
名前を出さずとも、それで十分なはずだった。
「その後、屋敷内で何を見た」
「混乱していました。
貴族が倒れ、叫び声が上がり、人が出口に――」
「倒れた貴族は誰だ」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
名前を聞いた記憶はある。
だが、俺にとっては“その場で倒れた一人”でしかなかった。
「……名前に心当たりはあります。
ですが、俺自身は面識もなく、詳しいことは知りません」
騎士は、ゆっくりと顔を上げた。
「バルネス男爵だ」
胸の奥に、重たいものが落ちた。
「晩餐の最中、ワインを飲んだ直後に血を吐いて倒れた。
毒の疑いが濃い」
「……俺は、何も知りません」
「だが、お前はその場にいた」
「警備として、です」
「警備は外周だ」
言葉が、少しずつ首を絞めてくる。
「さらにその後、屋敷の奥で爆発が起きた」
「……それは、俺が入る前です」
「誰にも確認できない」
騎士は、淡々と続けた。
「地方貴族が毒で倒れ、会場が混乱し、
その混乱の中で屋敷内に侵入した冒険者がいた」
「……」
「さらに、爆発」
羽ペンが止まる。
「偶然にしては、出来すぎている」
◆
「俺は――!」
声を荒げかけて、止めた。
ここで感情を出しても、意味はない。
「俺は、呼ばれたんです。
メイドに助けを求められて……」
「それを証明できる者は?」
「……リアです。屋敷でメイドをしています。
彼女を呼んでください。
そうすれば、俺の言っていることが分かります」
部屋の空気が、一瞬だけ動いた。
騎士は無言で立ち上がり、外へ出ていく。
しばらくして、扉が再び開いた。
先に入ってきたのは、壮年の男。
アルバート・グリムフォード侯爵だった。
穏やかな笑み。
だが、その瞳は深く沈んでいる。
「時人君……なんということをしてくれたんだ」
静かな声だった。
「さすがの私でも、これは……かばいきれない」
「……?」
頭が追いつかない。
続いて、リアが入ってきた。
いつものメイド服。
だが、表情がない。
瞳は焦点を結ばず、どこか遠くを見ている。
首元の錠前付きの首輪が、赤く鈍く光っていた。
「リア……!」
思わず声が出る。
「リア!
見てたよな?
俺が、あの時……!」
侯爵が、静かに口を開いた。
「リア。本当のことを言ってみなさい」
その声は、優しい。
だが、逃げ道のない命令だった。
「……見たことを、ね」
リアは一歩前に出た。
ゆっくりと、口を開く。
「……私は……見ていません」
声に抑揚はない。
「騒ぎがあって……
お客様を案内しなければと思い……
その時に、爆発が……」
言葉は整っている。
けれど、どこか“借り物”だった。
「時人様が……中にいたかどうかは……
分かりません」
その瞬間。
堰を切ったように、涙がこぼれた。
感情を押し殺したまま、
それでも溢れてしまった水滴が、
頬を伝い、床へと落ちる。
無表情のまま、
ただ静かに――泣いていた。
胸の奥が、冷たく凍りついた。
(……違う)
違う。
あの時の、必死な声。
震える瞳。
全部、覚えている。
だが――
今のリアは、それを否定している。
侯爵は深く息を吐いた。
「……残念だよ、時人君」
その声に、感情はなかった。
◆
その後は、あっという間だった。
手錠を掛けられ、
王城へと引き立てられる。
玉座の間。
王は、苛立ちを隠そうともせず言い放った。
「貴様!
役立たずなうえに犯罪を犯すとは何事だ!」
唾が飛ぶ。
「大事な召喚石を使わせただけでなく、
国に害をなすとは!」
隣で、騎士団長が怒鳴る。
「そうだ!
王の温情を無下にしおって!」
(……誰が、呼んでくれと頼んだ)
喉の奥で、言葉が渦巻く。
勝手に召喚され、
無能だと突き放され、
今度は――犯罪者。
理不尽が、積み重なっていく。
手首に食い込む金属の冷たさが、
逃げ場のない現実を突きつける。
拳に力を込める。
だが、行き場を失った怒りが、
胸の内側で鈍く軋んだ。
ただ、悔しかった。
何も悪いことをしていないのに。
誰かを助けただけなのに。
それが、罪になる世界だということが。
◆
牢へと向かう廊下で、俺は俯いた。
(……まだだ)
ここでは、使わない。
〈時戻し〉は、最後の切り札だ。
今はただ――
この理不尽を、
この身で受け止めるしかない。
重い扉が閉まる音が、背後で響く。
――夜は、静かに、深く沈んでいった。
──────
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