哀慈の瞳 ~旧神の女神は滅びゆく地上に何を観るのか! > | < 【アリオン・サーガ 前日譚】
NOFKI&NOFU
第01章「星霜の果てに遺された剣~星を穿つ意志」
第01話 人間の勇者
『――人間が、ここまで辿り着くとはな』
冷たい声が、空間そのものを震わせた。
アリオンは血の味を噛みしめながら、崩れかけた神殿の床に膝をつく。
視界は白く滲み、肺は焼けるように痛んでいた。
それでも、剣だけは離さなかった。
「……まだ、だ」
自分に言い聞かせるように呟き、震える腕で身体を起こす。
目の前に立つのは、灰色の戦乙女。
石像のように無機質で、感情というものを持たぬ門番。
女神の使徒――
この場所に至る最後の障壁。
「立ち去れ、人の子よ」
淡々と告げられたその言葉に、怒りは湧かなかった。
ここへ来るまでに、感情はとうに削り取られている。
「……そうはいかない」
アリオンは剣を構え直す。
その剣は、神の宝具でも、英雄の聖剣でもない。
人の手で鍛えられ、人の血で錆びた、ただの鉄の塊だ。
「ここに来るまでに、俺は――」
言葉が途切れる。
思い出せば、折れてしまいそうだった。
だから、続けた。
「……高い代償を払った。戻る場所は、もうない」
使徒の槍が、静かに持ち上がる。
次の瞬間、空間が裂けた。
見えない刃が、アリオンの身体を薙ぎ払う。
吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。
骨が砕ける音がした。
それでも――
「ぐっ……!」
歯を食いしばり、立ち上がる。
なぜ、立てるのか。
自分でも分からない。
ただ、この先に進まねばならない理由だけが、胸の奥で燃えていた。
「無意味だ。ここまで来たことは評価しよう」
使徒の声に、僅かな変化が混じる。
「だが、人の身で踏み越えてよい領域ではない」
「……上から見下ろすお前たちには、分からない」
アリオンは剣先を向けた。
「地上は、もう――」
言葉の続きを、叫びに変える。
「――終わりかけているんだ!」
槍が唸り、再び世界が歪む。
鋼と鋼がぶつかり、火花が散る。
力の差は、圧倒的だった。
それでも、アリオンの剣先は下がらない。
「戦いにもならぬな」
使徒が言う。
「……十分だ」
その声が響いた瞬間、世界が静止した。
灰色だった使徒の姿に、色が戻る。
白金の髪。光を纏う甲冑。
そして――人ならざる存在の威圧。
「ここから先は、私自身が相手をしよう」
アリオンは、思わず息を呑んだ。
「……カダスを統べる旧神の一柱か」
「名乗るほどの価値があるか?」
「あるさ」
剣を支えに、立ったまま答える。
「俺は、アリオン・シー。地上の、ただの人間だ」
女神は、わずかに目を細めた。
「それで? 何ゆえ我が神域に足を踏み入れた?」
アリオンは、少しだけ視線を落とした。
――恋人は、悪意に触れて壊れた。
――家族は、祈りを残して消えた。
それでも、自分は生きている。
顔を上げ、まっすぐに女神を見る。
「……不敬を承知で願う」
声は震えていなかった。
「この地上で、明日を信じて生きる者のために――
貴方の力を、貸してほしい」
女神は、鼻で笑った。
「泡沫に過ぎぬ命のために、永遠なる我が手を?」
アリオンは、剣を抜く。
その刃は、相変わらず煤けていた。
「それでもいい」
短く、しかし確かな声で言う。
「俺の魂と引き換えに――
この世界に、抗う意志を残せるなら」
女神は、しばし沈黙した。
やがて、冷たく告げる。
「……ならば見せてみよ、人間」
その瞳が、アリオンを射抜く。
「お前の意志が、どこまで届くのかを」
一歩も前に出られないまま、
人間の勇者は、神の深淵へと挑んだ。
*
女神ヌトセ=カームブルは、一本の剣を見つめていた。
神々の手で作られた宝具ではない。
人間の手で叩き出さた。
幾多の魔を切り裂き、
戦火の痕を刻んだ煤けた鋼の塊。
「……まもなく、お前を還す時が来る」
指先が、今は亡き男の温もりを探すように剣の柄を撫でる。
女神は神殿を出る。
この剣を、あるべき場所へ――
再び人間たちの手に戻すために。
記憶は数千年の時を遡り、
あの『無謀な戦い』へと回帰していく。
――第02話へ (戦わざる戦いの果て)
※ヌトセ=カームブル……
カダスに潜む、地球を守る旧神の女神とされている。
※カダス……
カダスはドリームランド最奥にある、神々が住まう幻の聖都。
※ドリームランド……
クトゥルフ神話に登場する夢の世界で、現実と異界が交錯する場所。
幻想的な領域夢見人たちが旅するな神秘異界郷。
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