第5話:キャリア相談・魔界支店にて


​【PM 7:00 中立地帯の喫茶店】


​「……というわけで、今のパーティを辞めて、もう少し条件の良い組織に移りたいんです」


​勇者は、緊張で震える手で「履歴書」を差し出した。向かいに座るのは、天界公認の一流転職エージェント(一見、穏やかなインプ)。

​エージェントは眼鏡をクイと上げ、勇者の経歴書をスキャンするように読み取った。 


​「なるほど、勇者様。……うーん、厳しいですね」


​「えっ!? 厳しい? 僕、これでも伝説の勇者ですよ? 魔王の部下を100匹以上倒した実績もあります!」


​エージェントは溜息をつき、冷静な**【鋭い指摘】を始めた。


​「勇者様、それは『その現場』でしか通用しない実績です。あなたのスキルを構造的に分解してみましょう。


​聖剣の使用: 専用デバイス(聖剣)に依存しており、汎用性ゼロ。

​魔物討伐: 市場では今、武力よりも『対話による共生』がトレンド。暴力解決はコンプラ違反のリスク。

​リーダーシップ: 離職率100%(魔法使いも昨日、辞表を出しましたよね?)。マネジメント能力はマイナス査定です。


​残念ながら、今のあなたの市場価値は、魔王軍の『一般事務(初任給20万・要Word/Excel)』以下です」


​「……う、嘘だろ……」


勇者は、手元のコーヒーを飲み干すことさえ忘れて固まった。


​【エージェントが語る「魔王軍幹部」の裏事情】


​「逆にですね」と、エージェントは声を潜めた。

「今、ヘッドハンティング業界で最も熱いのは、魔王軍の幹部たちですよ」


​「あいつらが!? ただの化け物じゃないか!」

​「とんでもない。四天王の暗黒騎士様なんて、世界中の大企業から『年俸1億ゴールド+ストックオプション』で引き抜きの声が鳴り止みません。彼は『魔導システムによる物流最適化』と『多種族混成チームのエンゲージメント向上』のスペシャリストですからね。どの組織も喉から手が出るほど欲しい人材です」

​「そ、そんなに……。じゃあ、なんであいつら転職しないんだよ!?」


​エージェントは苦笑した。


「それがですね、誰一人として首を縦に振らないんです。先日も、ある幹部はこう言っていました。

『他所に行けば年収は上がるかもしれない。でも、魔王様のように私の強みを理解し、失敗を許容し、心理的安全性を120%保障してくれる経営者はどこにもいない。私はこの組織の文化そのものを愛しているんだ』……とね」


​【PM 9:00 帰り道】


​勇者は、雨の降る中、一人でトボトボと歩いていた。

ふと見ると、かつての仲間だった最強の魔法使いが、魔王軍のロゴが入った社用車(高級飛龍)から降りてくるのが見えた。


​「あ、勇者。お疲れ」

魔法使いの肌はツヤツヤで、手には魔王軍からの「入社祝い金」で購入した最新の杖が握られていた。

​「魔法使い……。君、本当に……」

​「勇者、エージェントに会ったんでしょ? 悪いけど、魔王軍は今、『リファラル採用(社員紹介)』**がメインなの。実績のない人は、書類で落ちるわよ。あんた、まずはハローワークで『PC基本操作』の職業訓練から始めたら?」


​魔法使いは、リモートロックで飛龍の翼をたたみ、魔王軍指定のタワーマンション(家賃補助8割)へと消えていった。


​「実績……市場価値……心理的安全性……」

​聞いたこともない横文字に殴られ、勇者は聖剣(メンテナンス不足で錆び気味)を握りしめた。 


「勝てるわけないでしょうがーーーー!!!」


​勇者の叫びは、魔王軍の「高度専門職」たちが集う、意識の高い夜の街に空しく吸い込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る