慈悲への応援コメント
慈悲、とは少し違うかもしれませんが、本当に優しさが伝わるのは、心がそばにあるからかも、と、思うことがあります。
物理的な距離ではなく、語られた言葉ではなく。
言葉にした途端に、心そのものからは離れてしまうような気がするのに、零れ落ちたものをどうにか拾い集めようと、言葉を尽くしてしまうんですよね。
植物や動物、自然のものと人は互いに通じる言葉を持たないからこそ、素直な心の交流ができるのかも…なんて、そんなことを思いました。
作者からの返信
太緒さん、こんばんは。
素敵な感性ですね。コメントを読んで、とても嬉しくなりました。
私も、太緒さんと同じような感覚を持っています。ただ、それを私は「慈悲」という言葉で表現していただけなのかもしれません。
振り返ってみると、大きな喜びのときも、深く落ち込んだときも、いつもそばで、うちの子が静かに寄り添って、私をしっかり慰めてくれていました。
新しい一週間が、太緒さんにとって健康で、穏やかで、楽しいものになりますように。
慈悲への応援コメント
「慈悲」という言葉は、私にとって経文から学んだものではなく、もっと日常的で曖昧な記憶に根ざしている。たとえば『西遊記』の中で、三蔵法師が繰り返し口にする「我仏慈悲」という言葉。
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こちらはゲームで慈悲を覚えたであります(*^o^*)
作者からの返信
ユーディさん、こんにちは。
ゲームの話ですが、実は私、あまりオンラインゲームを遊んだことがなくて…0.0
なので、「ゲームの中での慈悲」と言われると、私の場合、どうしても「魔王が慈悲を語る」みたいなイメージしか思い浮かばないんです。
私がよく遊んでいたのは『ゼルダ』が多くて、あまりセリフそのものより、世界観や体験の印象が強い作品でした。
物語として一番印象に残っているのは、やっぱり『西遊記』かもしれません。
今夜も、ユーディさんが素敵な夜を過ごせますように。
そして今週も、健康で楽しい一週間になりますように。
月下への応援コメント
おはようございます(*^^*)
怪し気な空気感、そして疾走感がありながらも、詩的であり自分自身との対話であり……短い文章の中に、ものすごいエネルギーを感じました!
いつもいつも感嘆させられております!
本年も
素晴らしい物語の数々を書かれること、楽しみにさせていただきます(栗パン様が楽しいと思うことのできるペースで!)
作者からの返信
ファラドゥンガさん、おはようございます。
年末に家のことでいろいろあり、少し苦しい気持ちになっていました。
自分はまだまだだな、と感じることもあって……
そんなときに、ずっと『山月記』のことを思い出しました。
ある夜、なかなか眠れずに外を散歩していて、
ぼんやりと街灯を見ながら浮かんできたのが、あの発想でした。
なので、実はそこまで詩的な創作のきっかけではなかったんです。
それをあんなふうに受け取っていただいて、少し照れくさくなってしまいました。
ファラドゥンガさんは、いつもとても寛容に接してくださって、本当に感謝しています。ありがとうございます。
新しい一年が、ファラドゥンガさんのご健康と、ご家族皆さまの幸せに満ちた一年になりますように。どうか、すべてが順調に進みますように。
月下への応援コメント
あけましておめでとうございます
山月記ですね
虎かと思いきや
馬年らしい切り口で趣深かったです
走る
いろいろ受け取れて、素敵な文章でした
ありがとうございました😊
良い1年となりますよう
作者からの返信
みすみさん、こんにちは。新年あけましておめでとうございます。
はい、『山月記』です。最近なぜか夜中に眠れず、気がつくと暗誦できるほど頭に浮かんでしまって、それで少し考えて、この散文を書きました。
虎だと思っていたけれど、心の中にいるのは必ずしも猛獣とは限らなくて、休まず働き続ける牛馬や、止まらない思考なのかもしれませんね。
新しい一年が、みすみさんにとって健康で楽しく、すべてが順調な年になりますように。
今年もどうぞよろしくお願いします。
慈悲への応援コメント
お久しぶりです。
以前、最後にコメントした時になんだか落ち込んでいらしたので、通知がいくような行動を控えていました。
執筆活動に関しては、少しずつ調子を取り戻していけばいいと思います(^_^)
慈悲……といっていいかは分かりませんが、自分の体には生まれつきいじめの理由になりそうな特徴があリました。ですが、子供の頃からそれが原因でいじめられるということは今まで一度も無かったですね。
周りの子供たちも大人も普通に接してくれていたのは、よく考えると凄いことだったのかも。
作者からの返信
清玄さん、おはようございます。
いろいろと気にかけてくださって、ありがとうございます。清玄さんは本当にお優しいですね。実は少し前まで、気持ちが落ち込んでいました。家のことでいくつか出来事があって……今は少しずつ、立て直そうとしているところです。ただ、正直に言うと、小説を書く感覚をまだうまく掴めていないのも事実で、作風や、以前のような「頑張り方」そのものに、迷いが出ているのかもしれません。
それから、私は「いじめられる特徴を持った人」なんて、本当はいないのだと思っています。ただ、神様が少しだけ、どこかを人と違う形にしてしまっただけで。もしそれが「失うこと」だと感じられるなら、きっとその分、別の場所で何かしらの恵みも与えられているはずだと、私は信じています。
皆さんが清玄さんを大切に、優しく接してくれていると聞いて、私もとても嬉しくなりました。優しい人は、きちんと優しく扱われるべきだと思います。どうかこれからも、生活が清玄さんにやさしく寄り添ってくれますように。
今日も、素敵な一日をお過ごしください。