虚空の捕食者

異端者

前編 退屈の終わり

 今回の当番は……私か。

 ナオキはまだ冷凍睡眠から覚めたばかりの、ぼんやりとした頭でそう思った。

 冷凍睡眠ポッドのふたが開き、外が見え始める。当たり前だが、誰も居ない。

 おおよそ五百人の搭乗する移民宇宙船――その中で起きているのは私だけだ。

 他の者は全員、冷凍睡眠ポッドで眠っている。

 この宇宙船では、非常事態に備えて最低一人は起きているように定められている。そのため、こうして三ヶ月ごとに交代で一人ずつ起こされるのだ。もっとも、この宇宙船のAI「スバル」に対処できない非常事態に誰かが対処できるとは思えないので、マニュアルによって定められているだけで全くの無駄であるが。

「お体の調子はいかがでしょうか?」

 スバルが穏やかな口調で聞く。

「ああ、悪くない」

 とはいえ、冷凍睡眠から目覚めたばかりだから、少し寒い。

 私はポッドから出ると、歩き出す。疑似重力を作り出すのにもエネルギーが要るので、地球よりもそれは弱く足取りがふわふわする。通路の両脇には同じポッドが延々と並んでいる。

「お望みなら、ホットドリンクを用意しましょうか?」

「ああ、コーヒーをブラックで頼む……メインデッキに置いてくれ」

 私はメインデッキに向かって歩きながらそう言った。

 途中、自分の部屋に寄って着替えておこうと考え直す。冷凍睡眠用のスーツのままというのも居心地が悪いし、どうせ起きているのは私だけだ。少しぐらい遅れたって文句は言われないだろう。


 あれから、一週間が過ぎた。

 どうにも、宇宙での「お独り様」というのはつまらない。地球に居た頃に広大な宇宙にあこがれて志願したが、今では当時憧れていた星空が退屈に見える。確かに広いが、あまりに何もない。

 当然、SF映画で見たような地球外生物とのコンタクト等もない。

 今回起こされたのは私だけなので、話し相手はスバルだけだ。まともな返答しかしないので、少々面白味には欠ける。まあ、どうでもいいジョークをAIが話し出したなら、そちらの方が緊急メンテナンスを必要と判断されるだろうが。

 私はパックに入ったコーヒーをストローで飲みながら、目の前の大型ディスプレイを眺める。

 宇宙船内の状況を示す計器が表示されている。オールグリーン。異常なし、だ。

 少し前に計器が微弱な質量の変化をとらえたが、単なる誤差の範囲とのことだった。船体にデブリか小さな隕石でもぶつかった衝撃のせいかもしれない。

 これがまだまだ続くと思うと退屈だ。スバルに計器の監視は任せっきりにして、インストールされているゲームでもしようか。大型ディスプレイを使ってゲームするというのも、悪くない。

 ……以前、使っていないなら良いだろうということで、同僚とそれで対戦していたら怒られたが。どうして、上に立つ人間というのはああも堅物かたぶつが多いのだろうか。

 宇宙航行においてここ数十年は発達してきているが、まだまだこの「退屈」という問題に対しては最適解を出せていないと感じる。科学者たちは数式ばかりとにらめっこして、人間の本来求める「娯楽ごらく」という発想に思い至らないのだろう。

 私は監視カメラの映像の一つを拡大してみる。冷凍睡眠ポッドがずらりと並ぶその様子は、棺桶かんおけか何かを連想させる。実際、初期の冷凍睡眠装置は覚醒かくせいフェーズに問題があるものも多く、そのまま棺桶になったこともあったというが……今ではもう昔の話だ。

「なあ、こうして起きていて意味はあるのか?」

「はい、マニュアルには非常時に備えて最低一人は待機するように指示されています」

「その非常時というのは?」

「…………非常時は、非常時です」

 少し間をおいて、スバルが言葉をにごす。

 どうにも、彼(彼女?)にも人間が必須の事態というのは思い浮かばないらしい。

「そもそも、人間が必要な時ってなんだ?」

「それは、私には分かりかねます」

 スバルはハッキリと認めた。

「要するに、その意味が分からないのに、私だけ起きてろ、と?」

「まあ、それは……」

 少々、意地の悪い質問だったかもしれない。

 私は何もAIをイジメたかった訳ではないのだ――そう思い直して、会話を中断しようとする。

「もういい。この前、眠りに就く前のゲームの続きでもする。私の部屋の端末に繋いでくれ」

 確かこの辺りに……見つかっていなければ、あの時に隠しておいたコントローラーがあるはずだ。

「良いんですか? メインディスプレイをそんなことに使って……また、怒られますよ?」

 全く、どうでもいいことばかり覚えているな。いっそのこと、その部分の記憶だけ消してやろうか?

「スバル、君は人間の命令に従う、そうだな?」

「はい、おっしゃる通りです」

「だが、現在の船内で活動している人間は私だけだ、分かるな?」

「はい、もちろんです」

「なら、私の命令が最優先だ。他に上位の権限を持った者は居ない」

「確かに、そうですが……」

 このポンコツAIが。少しは柔軟性を学べ。

「分かったら、さっさとゲームを起動しろ。計器はお前が見ておけ」

「は、はい……」

 渋々と言った様子でスバルは従った。


 それから二時間。アクションの腕が鈍っていたのか、ボスを倒すのに苦戦してようやく光明こうみょうが見えてきた時だった。

「緊急事態です」

 ディスプレイから、ゲームの画面が消える。私はコントローラーを乱暴に置いたが、低重力なためふわりと転がった。

「ああっ! くそっ! あと少しで倒せると……なんだ!?」

「船の航行が停止しました」

「は? エンジントラブルか、それとも計器の故障で現在位置を認識できなくなったか?」

「それなのですが……妙なのです」

 スバルが少し躊躇ためらいがちに言った。こんな不安をあおるような口調、どこで覚えたんだか……。

 元々、スバルは動揺すると変に人間臭い反応をすることがあった気がする。

 そういえば、一時期フランケンシュタイン・コンプレックスがやたら取り上げられて「人間らしさを備えたAI」が、重宝ちょうほうされた時代があったというが……スバルが作られた時代の背景を私は知らない。

「エンジン、計器共に正常に動作しています」

「なら、動かないはずはない」

「そうなのですが、何かに止められた……いえ、捕まったと言いますか……」

「周辺に引力のある物は?」

「ありません」

「なら、隕石か彗星にでも衝突したか? そんな衝撃は感じなかったが?」

 ここは恒星のある場所ではない。従って、小惑星はあり得ない。

「それも、違います」

「それなら『捕まった』という表現はなんだ?」

 私は少し苛立いらだちながら答えた。

「それが、おかしいのです。船になんらかの物理エネルギーが作用していることは間違いありません……が、その対象が観測できないのです。しかし、何かに掴まれているような……」

「それで『捕まった』か?」

「はい」

 沈黙。

 こういう場合、どうすべきだろう。

 エンジンや計器の故障なら、対応した技師を起こす。

 もっとも、今回はそうではない。全く未知のトラブルだ。

「船内を全スキャン。少しでも何か異常があれば知らせてくれ」

「承知しました」

 メインディスプレイに進捗を示すバーが表示される。

 それが、三十パーセントもいかないうちに、警告が表示される。

 鳴り響くアラーム音。

「どうした!?」

「冷凍睡眠中のクルー二名の消失を確認しました」

「消失……だと!? そこを映せ!」

 ディスプレイの中に小さなウィンドウが二つ。いずれもポッドの中には冷凍睡眠用のスーツだけが残っていて、その「中身」が無かった。

 人間だけが消失したのだ――私はゾクリとした。巨大な密室であるはずの宇宙船から、生身の人間が二名消えた。

「消失直前から、このカメラの映像を再生」

 私はそれに見入った。二人別々の場所だが、ほとんど同時に空気中に溶けるように消えていく。後にはスーツだけが残って、確かに人が居たことを主張している。

 進捗を示すバーが伸び続けて、またアラーム音が鳴った。

「今度はなんだ!?」

「船内の空気の組成に、微弱な変化を計測……二酸化炭素、メタン等が少量増加しています」

 何が、起きている?

 分からなかった。だが、これは本当の「非常時」だという確信はあった。

「他には? 船内に異物混入した可能性は?」

 私は気を落ち着けようとしながらも言った。

 進捗のバーは、百パーセントとなっていた。

「ありません。他には何も計測されていません」

 スバルの声にも焦りが感じられた。

「未知の生物、例えばバクテリアのような微小な生物の混入によって分解された可能性は?」

「船内の空気、特にポッド内の空気を調べましたが、そのような痕跡はありません」

 やはり、私が考えるより先に実行していたようだ。まあ、この程度の推論、スバルなら思い付くだろう。

 しかし……確かに、居る。

「船内及びその周辺になんらかの生物の存在する可能性があるな」

「それは、一体何を根拠に?」

「船内の空気の組成が変わった。これは、おそらく消えた、いや喰われたクルーが元の排泄物だ」

「では、なんらかの生物が船の航行を止め、人間を食べていると?」

「……それしか考えられない」

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