第7話 リオの試練
「リオ、とりあえず全員を連れて戻ってくれ。
そして、ナディアにミラを紹介してくれ。それが終わったら休んでいい。
ご苦労だった」
アウグストスからの静かな指示に、リオは短く応じた。
「了解。──あ、姉さん、それじゃ応接室に」
言い終わる前に、ナディアにきっぱりと遮られる。
「応接室? 違うわ。あんたの部屋に行く」
「は? ちょっと、そっちは僕の部屋だって!」
「何言ってんの。
弟の部屋で自己紹介して何が悪いの?
文句ある?あっても聞かないけど」
「……はいはい……」
抵抗を諦めたように息をついたリオは、
ナディア、ミラ、アイリ、そしてカイを振り返り、そのまま歩き出した。
廊下を進みながら、ふと思い出したように口にする。
「そういえば、カイ兄さんの服、
司令室に置きっぱなしだな……」
「あとでいいんじゃない?
どうせ誰も気にしないわよ」
即答だった。
「まあ、カイ兄さんが裸なのは普通か……」
自分で言って納得したのか、最後は小さく頷いた。
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外見は整頓された青年の部屋――だが、当の本人リオだけが妙に落ち着かない。
「へぇ、やるじゃない。ちゃんと片付いてる」
「そりゃ一応、人は来るし……」
「ふーん。……この辺にエッチな本とかないの?」
「考えることが古典的過ぎんだよ!」
アイリの無邪気な声が割って入る。
「エッチな本ってなに?」
「聞かなくていい!」
カイは壁際に立ったまま、無言で様子を見ていた。
ナディアは笑いながら、部屋の中央に腰を下ろす。
「もしかして初対面なの、私とこの人だけ?」
「そうだね」
「じゃあ、私からね。ナディア・バレンタイン。
ノクティルスモンクの――まあ、"戦う方"。
リオは私の弟」
「姉さん、間違ってはいないけど端折り過ぎだよ。
ナディア姉さんは僕の4歳上だけど
ノクティルスモンクの"長老"の1人で、
本山からは頼りにされている。
厳密には本山所属のモンクで、
このソルゾンビ対策局所属じゃない。
契約上は外部顧問だ」
「そうだったわよね。そのあたりの契約は
リンカにやってもらっているから
私自身は気にしていないわ」
「確かに姉さんのことを外部扱いするのは
経理の人だけだね。
たいていの人は内部の人として頼りにしている。
ここでは父さんの次に強いよ」
「まあ、ソルゾンビ殲滅数はカイの方が多いし、
カイは対人戦制限があるから、
父さんの次はカイかも。
そんなとこかしら。
私より弟のほうが紹介が上手いわね」
ナディア側の自己紹介が終わり、ミラが話し始めた。
「ありがとう。私はミラ。……名前以外の定義は、少し説明が長くなるわ」
「そうなの? じゃあ教えてもらえる?」
ナディアは興味を隠そうともせず、身を乗り出す。
「"何ができる人"なのか、単純に気になるだけ」
ミラは説明に入った。
「私は人間ではないわ。
カイのようなロボットでも、アイリのようなバイオノイドでもない。
そもそも、実体を持たない。情報そのもの。
今見えている姿は、空気中の光を曲げて作っている"映像"のようなもので、
本体ではないわ。ただ、映像というだけではなく、インタフェース。
この姿自体がカメラとかセンサーみたいなものね。
発光しているわけじゃなくて、光の屈折率を少し変えているだけ。
屈折した光があなたたちの目に届いて、
"そこに形がある"と感じるのよ。」
ナディアが確認する。
「ということは──光を操れるの?」
「正確には"空間"を操った結果、光も動かせるだけ。
でも、そう考えてもらっていいわ。
空間の密度を少し変えることで、光の経路を制御しているの。」
リオが言葉を挟む。
「空間を……操作してるの?」
「ええ。
光を屈折させて像を作ったり、
空間の距離を一時的に歪めて物を動かしたり、
"そこにあるように見せて停止させる"こともできる。
でも、移動は演算コストが高すぎるから、
周囲50センチ内の1つのコインを
5センチ浮かせるくらいが限界ね。」
と、コインを浮かせて見せた。確かに5センチぐらい浮いている。
ナディアは驚きながら言った。
「五センチでも十分すごいわね。
もしかして──裸エプロンなのも、その制約のせい?
エプロン本体から出る映像を、できるだけ簡単にするためとか?」
「半分は当たっているけど、エプロンは"本体"じゃないの。
エプロンはエネルギー供給源。
私はエネルギーを取るために外部装置としてエプロンを必要とする。
でも、エプロンが本体に見えるのも無理ないわね。
そして、映像コストを下げるために"裸"なのは正解。
服の映像も作れるけれど、
デフォルトの女性の裸姿が一番負荷が少ないの。
だから、これが一番効率的。」
リオが小さい声で突っ込みを入れた。
「……効率的だから裸でいいって、片づけていい問題なの!?」
「でも、これくらいの光学操作なら、そんなに難しくないわ」
ミラが手を軽く動かした。
リオの顔の前に薄い屈折層が形成され、視角によって輪郭の一部が崩れる。
外部からは、顔にモザイクがかかったように見える。
「リオ、なんか顔が消えそうだよ?」
アイリは見たままそのままを答えた。
「え、なにそれ? 僕の顔、普通だよ?」
リオは気づいていないらしい。
「……あら、面白いわね」
「光を少し曲げただけ。
屈折の偏差を作って、可視情報を乱しているの。
結果として、顔にモザイクがかかっているように見える」
「なるほど、そういう仕組みね。
──じゃあ、私の特技も見せてあげる」
「え? ちょっと姉さん!?」
ナディアは素早く動き、短時間でリオの衣服を外した。
シャツ、ズボン、下着…。何故か靴も脱げている。
すべてが床に落ちるまで二秒もかからない。
この部屋の中で全裸の男性の形をしたものは、カイだけではなくなった。
「……え?」
「そうすると──こういう処理も必要ね」
ミラはリオの下腹部に屈折層を生成した。
乱反射によって輪郭がぼけ、下腹部はモザイク状に隠蔽される。
「便利ね! これ!」
「便利じゃないから!?」
リオが反射的に両手で隠そうとすると、ナディアがその手を掴んで持ち上げた。
「すごい! 全然見えてない! これなら裸でも大丈夫!」
「んなわけねーだろ!」
「走っても大丈夫よ。追随は難しくないわ」
「弟、手をあげて走りなさい」
「走るかぁぁぁぁっ!」
しかし抵抗もむなしく、押されるまま、リオは部屋の中を走った。
モザイクは位置と動きに同期し、破綻はない。
「映像の連動が完璧だ。実に高性能な投影だ」
カイはミラの性能の高さを公正に評価した。
「そんな高性能、褒めなくていいってば!」
「こんなこともできるわよ。おへその下を見てみて」
ミラはやらなくてもいい指パッチンを演出した。
「……え?」
視認できる形状は存在しない。
ほとんどの男性にあるはずのものが、輪郭も影も消失している。
「え? ない? 俺の……俺が……ない!?」
「手で探してみて」
リオはおそるおそる右手を伸ばした。
だが、そこには何も触れない。
「な、ない、俺のがない!」
もう一度見下ろす。あんな大事なもの、見落とすはずがない。
「ま、待って、嘘だろ……!?」
両手で確かめても、空気の感触しか返らない。
「な、ない! どこいったんだよ!?」
「弟、取り乱しすぎ。ちょっとなくなったくらいでパニック起こさないの」
「ちょっと!? 2個ともねーのに、ちょっとで済むかよ!」
「2個って多いの?」
アイリは質問した。おそらく何が2個かはわかっていない。
「たいていは最大数が2個ね」
ミラは一般的事実を答えた。
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[特化ログ時刻起点再設定]
[00:00:00.00][Setting]特化ログ目的:状態確認
[00:00:00.00][Setting]対象:リオ・バレンタイン
[00:00:00.00][Setting]監視項目:外部パーツ存在,破損有無,脱着状態
[00:00:00.00][Setting]追記情報:新機能検証の可能性あり
[00:00:01.12][Scan]外部パーツ存在確認:未検出
[00:00:01.12][Scan]破損痕跡:検出なし
[00:00:01.12][Analysis]切断痕・損傷兆候:なし
[00:00:01.12][Analysis]適切な着脱状態の可能性:あり
[00:00:01.13][Analysis]既存人類仕様との差異検出
[00:00:01.13][Analysis]新規機能の可能性:要確認
[00:00:01.20][Result]外部パーツ状態:未検出・非破損
[00:00:01.20][Result]結論:一時的非検出または着脱状態
[00:00:01.20][Result]対象に要確認
________________________________________
カイが発言した。
「確認したい。リオも取り外せるようになったのか」
室内の動きが止まった。
ナディアは固まり、ミラの顔の表示が一瞬だけ停止する。
演算処理の遅延によって、表情更新が間に合わなかった。
アイリは状況を理解できず、首を傾けている。
次の瞬間、
「取り外せるわけねぇだろおおおおお!!!」
リオの叫びが部屋に響いた。
音量は高く、廊下を歩いていた職員が足を止めて振り返るほどだった。
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