第四話 夜はやさしくない

The Night Is Not Kind


 町の灯りが少しずつ減ってきた頃。ガタガタと音を立て揺れる、金属製の門を少し力を込めて開く。

「……相変わらず、建付けが悪いな」

 思わずそう呟いた。

 少しでも苛立っていたら、蹴り飛ばしてしまいそうだ。なんて冗談を考えながら、ケラススの寮へと足を運ばせたステイシー・ビート。

 彼女は、ケラススの特攻隊員であり、その中でも戦闘の実力はトップの成績を誇る。今夜も町の巡回から戻ったところだった。


 ケラススの敷地は、相変わらず無駄に広く、そして静かだ。規律正しく並んだ建物。

 点灯している窓はまばらで、ほとんどの隊員が既に休息に入っているのだろう。


――今日も、死人は出なかった。


 それだけで“上出来”な一日だ。そう思わなければ、やっていられない仕事でもある。

 しかし、何もなかった今日は何故かやけに困憊していた。いや、何もなかったと言えば嘘になる。


 町の子供達が夜に出歩いていたのを、追いかけ説教した後だった。たったそれだけなのだが――

「……子供の考えることは、どうもわからない」

 ステイシーは、子供が苦手だった。予測不可能で、突発的な行動をする。予想外な展開ばかり運んでくるのが、どうしても慣れない。


 特に……リアム・ホワードとニャロ・クシランダー。そして、ピーター・ジョルダーノ。この三人は毎日のように一緒にいるのを見かける。

 何故だか色んな事情に首を突っ込もうとする、危なっかしい問題児たちだ。

 今日もその三人が夜出歩いていたのを見かけ、たまらず叱りを入れた。いつもなら萎縮する三人だが、今日は笑っていた。

 やはり、よくわからない奴らだ。詳しいことは聞かなかった。どうせ、またくだらない事だろうと。


 あぁ、早くベッドに身体を預けたい。そう思いながら、自室へと向かう。その途中、廊下から小さな話し声が聞こえてきた。


 物陰からちらりと見えた、白が特徴的な制服からするに、声の主は心理管理官の奴らであろう。そこでは、男性隊員たちが話をしていた。特に話に興味があるわけでも、盗み聞きをしたい訳でもなかった為、そのまま出て行き前を通り過ぎようと思った。

 思った。だが――

 自身の耳に飛び込んできた言葉に、自然と足が止まった。


「この時間はステイシーがいなくて気楽だなー」

「……でも、もうすぐ帰ってくる時間じゃないかな」

「げぇ、まじかよー」


 自分の話題だ。話の内容からしてどうやら心理管理官の隊員は、自分の事を嫌っているようだった。しかし、そんな事は慣れっこだ。若くして特攻隊員のトップ。そして、他人にも厳しくしてきた。嫌味を言われることくらい、当たり前のようにすら感じた。

――次の言葉を聞くまでは。


「ぶっちゃけ、ステイシー要らないよな」

「成績トップって言ったって、どうせ孤児の女だからって同情込みの評価されてるんだろ」


 ……取るに足らない。そう思っているのに、足が進まない。男は、ステイシーの足が止まっているその間も反吐が出るような不満をつらつらともう一人の隊員に話す。

 ふと、立ち止まってしまっている自分にも嫌気がさした。こんなの、慣れっこだったはずだ。自分にそう言い聞かせ、大きく一歩、踏み出した。


「……あっ」

 ついさっきまで、彼女のことを嘲笑していた隊員は、ステイシーの姿を目視した瞬間、悸然とした表情をしたのちに凍りついた。一気に空気が、張り詰める。

 誰も唇を動かさない、重い沈黙。

 そんな沈黙を破ったのは、やはり彼女だった。


「評価が気になるのなら、上にどうとでも言え。ただ、これだけは言っておく」


――ケラススに、必要のない存在などいない。


 その言葉は、目の前の隊員たちに向けたものではなかった。もう二度と、返事をしない者たちを想っての言葉だった。

 正直、腹立たしかった。人に対して、“要らない”という言葉はどれほど屈辱的であり、存在を否定するものか。今まで見てきた背中を、否定された気分だった。


 いまだに唖然とし言葉を発さない隊員たちに、ステイシーはそれだけ言い残すと、すぐに背を向け自室へと向かった。


  自室に足を踏み入れた途端、ステイシーはほとんど投げ出すようにベッドへ身を沈めた。毛布の柔らかさが身体を受け止め、張りつめていたものを、音もなくほどいていく。

 この時間だけが、彼女を兵士ではなくする。

 それでも——

 耳の奥に残った言葉だけが、しつこくこびりつき、消えなかった。


「……くそ……」

 ……もう今日は眠りにつこう。そう思い、上着に手をかけた時だった。


 コンコン、コンコン。


 自室の扉が、ノックされた。

 正直今日はもう誰とも話したくなかった。部屋は灯りもつけていなかった為、居留守を使おうかとも思った。だが、緊急の任務かもしれないと考えると、自然と手は、ドアノブを握っていた。


「……誰だ」


 扉を開ける前に、そう問いかけた。すると扉の向こうで、一瞬ためらう気配があった。


「……お疲れのところ、失礼します。ニア・サーナティオです。心理管理官の」


 その名前を聞いた途端、胸の奥で何かが小さく軋んだ。先ほどの廊下での光景が、嫌でも思い起こされる。


 ゆっくりと扉を開けると、そこに立っていたのは白い制服を着た先ほど見たままの、ニアだった。

 姿勢は正しく、だが視線だけがわずかに揺れていた。


「……先ほどは、大変失礼しました」


 そう告げると、ニアは深々と頭を下げた。

 やはり、そう来たか。

 ニア・サーナティオは、確かにあの場にいた。だが、言葉は発していなかった。あの男に、一方的に語られていた。といった感じだろうか。


「私が止めるべきでした。あんな言い方――」

「いい」


 思ったよりも、声は低く、静かに出た。

 ニアは言葉を切られたことに、思わず顔をあげた。


「……し、しかし」

「心理管理官」


 ニアはその言葉に、固まった。いつ何時も、ステイシーは隊員を名前で呼ぶ。

 しかし、名前ではなく、肩書きで呼ばれた――


「あんたは“管理”する側だ。謝罪も、理解も、報告書の延長でしかない」


 ニアの喉が、わずかに動き固唾を呑む。


「あたしの感情を扱う権限は、あんたにはない」


 声は静かだった。

 だからこそ、逃げ場がなかった。

 ニアが何か言おうと口を開いた、その前に。


「――それでも来たというなら」

 ステイシーは視線を逸らさない。


「今夜のあたしは、“対象外”だ」


 一拍。


「帰れ」


 扉が閉まる。

 鍵は、かけられなかった。

 それでも、扉が閉まるその音は、確かに“拒絶”だった。

 その事実が、ニアの胸に小さな痛みを残した。扉の前に、ニアはしばらく立ち尽くしていた。

 ノックをする理由も、引き返す理由も、もう残っていない。


 静かだ。


 ケラススの夜は、いつだってこんなふうに無機質で、やさしくない。


 ――対象外。


 その言葉が、胸の奥で何度も反芻される。

 管理官として聞き慣れているはずの単語が、今夜だけは異様に重かった。

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