第3話「ヴィルヘルミナ・デヴァル」

 理解ができなかった。ヴィルヘルミナは選ばれる気が毛頭なかったし、選ばれるとも思っていなかった。見目よりも精神的に醜い人間ばかりが集まり、心が広く穏やかなのは、そんな人間たちを相手にする数名の職員だけだ。そもそもからして子供が欲しいからと足を運ぶ理由に足るような場所ではない。


 だが、マーロンはやってきた。地位や名誉を重んじる人間が、血筋もはっきりしない孤児たちから自分の後継者を選びたいと言った。なのに差し伸べた相手が自分とは到底、ヴィルヘルミナも理解が及ばない。あまりに非合理的だったから。


「失礼な物言いをするようだが、子爵殿。期待に沿うのであれば、私よりも有能な人間はそこいらにいる。息をするように嘘を吐く者たちでは都合が悪いか?」


 目を丸くして尋ねるヴィルヘルミナの言葉をマーロンは理解している。孤児院の子供たちは、自分達をよりよく見せるために服装や言葉を着飾って、本来の自分を誤魔化している。他人に見せる顔を良くするのは、貴族ならば常套手段。正しい行いとさえ言ってもいい。そうして誰かとの繋がりを作っていくのが基本だ。


 それを「息をするように嘘を吐く」と表現した四歳の子供に、思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて、秘かにマーロンは頷いて返す。


「都合が悪いかどうかよりも、私が気に入るかどうかだよ。君ほど聡明な子供と次に会えるのが何年後になるかは考えたくもない」


 ほぼ即答に近い、一切の迷いがない答え。誠実で嘘偽りがない。


 ヴィルヘルミナは抱えていた本を床に捨てるように放った。


「書庫に魔法書はどれくらいある?」


「期待してくれてるんだね。大丈夫、かなり古いものからたくさんだとも」


 一瞬、自分が魔法書が読めると嬉しくなったのに気付いて、ハッとした。自身が望んだ通りのものとは限らないのに、あまりにも早すぎる祝杯に自身の馬鹿馬鹿しさを悔いることになった。思わず恥という気分を味わった気がした。


 項垂れそうになる頭を手で支え、呆れて首を横に振った。


「……わかった、行こう。私が期待に沿えるとは思わないが」


「それはこれから分かることさ。これで契約は成立だね?」


 差し出された手をようやく取ったヴィルヘルミナと固く手を繋ぐ。


「院長さん。この子に決めたよ」


「えっ……!? 他にも良い子はいっぱいいるのにいいんですか……!」


 何を馬鹿なことを考えて凶兆の証とも言える娘を連れていくのか? 貴族の考えなど推し量れるものではないが、マーロンを説得しようと試みる。道を阻むように前に立って、へらへら笑って手を擦り合わせながら、他の子供に視線を流す。


「こちらの子たちは今日の為に頑張ったんです。どうか、どうかご再考を」


「君はあれかね。拾った猫を虐待するために此処へ連れてきたのかね」


 睨まれると、院長の男は蛇を前にした蛙もかくやの怯え方で道を譲った。運良く訪ねて来てくれたデヴァル子爵からの援助がなければ困る、と逃げ腰になった。子供たちも不満気な様子だったが、結局は何も言えず、恨めしそうにマーロンと孤児院を立ち去るヴィルヘルミナを見送るしかなかった。


 外で待っていた立派な箱馬車を前に、曇り空がいっそう暗くなっていく。


「雨でも降りそうな天気だね、ミナ」


「……ミナ?」


「君は名前が長いだろう。これからは家族だから、愛称で呼ぼうかと」


「最初から距離が近いような気がする」


 不服そうな顔のヴィルヘルミナに、それはそうだとマーロンは楽し気に笑った。


「では君には敬語を使うところから覚えてもらおうか?」


「む。構わないよ。それくらいはできる」


 ふんす、と自信ありげに返すヴィルヘルミナだったが、どうにも態度と言動に反映されていないな、とマーロンも指摘したい気持ちを抑えて優しく手を握った。


「じゃあ馬車に乗ろうか。高いだろうからおいで、乗せてあげよう」


「これは申し訳ない。小さな体は不便がすぎて辛い」


「はは、あと十年は我慢してもらうことになりそうだな!」


 大きな手が小さな体を運び、馬車の中へ乗せる。ふかふかの座席に小さな体がすっぽり収まり、思いのほか座りにくいことにヴィルヘルミナは秘かにがっかりした。大人の体で乗ったときには楽だったものも、足が地に着かないせいで、どうにも違和感を覚えてしまう。深く座れば、足が前に伸びて、飾られた人形のようだ。前の方が良かったという不満が溜息となって出た。


「おや、小さな淑女は馬車がお気に召さなかったかな?」


「別に嫌いではない」


「敬語で話せると言っていなかったかね」


「……嫌いじゃ、ないです」


 対面に座ったマーロンが、足を組んだ。膝に手を置き、目の前に座る幼さに満ちた淑女のひたすら不服さと悔しさの混ざった表情を眺めて微笑む。


「ミナ。君はこれからデヴァル子爵家の娘だ。これから学んでもらうことも多いだろうけれど、君ならば必ず完璧にこなせると信じているよ」


 走り出した馬車の窓から外を眺めて、当然だとばかりに鼻を鳴らす。


「ふふん。極めるのは嫌いじゃない……です。……チッ」


「あっはっは! あまり大きな舌打ちはやめるようにも頼めるかな?」

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