第6話 黄金の盾、戦力外になる
マグネスとの戦闘の翌日冒険者ギルドの最上階
普段は喧騒に包まれるギルドの司令室も、この深夜の静寂の中では、ただ蝋燭の火が爆ぜる音だけが重く響いていた。
ギルドマスター、タイキ。
彼女はこれまで数多の荒くれ者を束ね、王国の裏表を知り尽くしている。そんな彼女は、今、人生で最も重い『宣言』を口にしようとしていた。
「まず言っておきます。これは、命令です」
低く、地這うような声。タイキは、震える手で持っていた一枚の紙を、よく整頓された机に叩きつけた。
乾いた音が、静室に虚しく響く。
「あなたは今日から『戦力外』よ。少なくとも、聖女様による検査の全工程が終わり、私が納得する結果が出るまではね」
「……マスター。それは聞き捨てならないな」
エルフレッドが口を開いた。
「俺が戦線を離脱すれば、戦いはどうなる。王国から見捨てられた辺境の村は、誰が守るんだ。騎士団が行かない場所に魔獣が出たら、誰が盾になる。……俺がいなければ、彼らは死ぬ。ならば、止まっている暇は無いはずだ」
淡々と、冷酷な事実を述べるような口調。
その言葉には、『自分にしかできない』という強い意志のようなものを感じる。
助けを求めている人がいる。助けられるかもしれない。そんな使命感だけが彼を動かしていた。
椅子に深く腰を下ろしたタイキは、真正面からそんな彼を見据えた。彼は、『壊れかけの英雄』に見えていた。
タイキがエルフレッドを見るその視線には、
ギルドマスターとしての厳格さと、母親のような情が複雑に混じり合っている。
「……エルフレッド。一応言っておきますが、これは説教じゃありません。」
タイキは吐き出すように言い、顔を覆った。
「私はあなたを心配してるんです。……いや、『心配してしまった』と言った方が正しいですかね」
「心配? 俺は心配されるほどの怪我をしていないし、左手がある。何が心配なんだ? それに、マスターが俺のことを心配したことなんてないだろう?」
『俺を心配したことなんてない』
その言葉がタイキの胸を締め付ける。
今までどれだけ後悔したことか。あの時止めていればと、どれほど思ったことか。
だが、世界は英雄を求め、エルフレッドは答え続ける。そんな姿を見て、
「止められるわけ……ないでしょうが……」
下を向き、ボソリと呟く。
エルフレッドは続ける。
「それに俺は右手は動かないが、左手はある。盾を支えるのに支障はないし、守れる命もあるはずだ」
「支障はあります。大いにありますよ、この大バカ者!」
ギルドマスターは声を荒らげて言う。
「あなたはあなたのことを全くわかっていない! あなたの体がどれだけ限界で、あなたという存在をどれ程の者が大切に思っているのか、全くわかっていない!」
タイキは、机の引き出しから、一束の分厚い活動記録を突きつける。
それは、エルフレッド一人がこの一ヶ月で行った戦いや、地方の村の防衛の証明。
だが、見方を変えれば、それは一人の人間に課せられた『死の宣告』に等しい。
「一ヶ月で出動二十七回。そのうち、報酬の出ない無償依頼が十九。……自覚はありますか?」
エルフレッドは、すぐには答えなかった。
「……答えられませんか?」
「……救える命があれば、そこに行くだけだ。幸い、俺は贅沢をしない。金には困っていないからな」
さも当然だ、と言わんばかりの即答。
その清廉潔白さが、今は何よりも呪わしく感じられた。
「……あなたのその考えは、確かに素晴らしいものです。神聖で、高潔で、誰も真似はできない。女ですら真似出来ないでしょう。どれほどあなたが貴重か」
ギルドマスターは、椅子から立ち上がり、窓の外の暗闇を見つめた。
そこには、エルフレッドが救い、守り続けてきた王国の灯りが、平和を享受するように煌々と輝いている。
「ただ……そのやり方では、あなたが先に死ぬ。魔獣に殺されるんじゃない。あなた自身が、あなたという存在を使い潰して、消えてしまう」
「俺が死んでも、誰かが代わりになるだろう。俺は、そのための時間を稼いでいるに過ぎない」
「代わりなどいない! あなたのような馬鹿が、他にどこにいると思っているんですか!」
タイキが机を叩いて怒鳴った。激しい音が響き、蝋燭の火が大きく揺れる。
「それは、英雄の死に方ではありません。
『道具』の壊れ方です。私は、自分たちの希望を、研ぎ減って最後には折れるだけの刃物のように扱いたくはないんです」
「いいですか! よく聞いてください。『命を賭けることと、命を投げることは違う』。あなたは命を投げている。それを、わかっていますか!」
タイキが力いっぱい叫ぶ。
「そんなつもりはないぞ。ただ、俺が多少無理をしたら、助けられる命も増えるんだ。悪いことじゃないはずだ」
「あなたは、なぜ人をそこまでして救おうとするのです。いい思いをしてきた訳でもないんでしょう? いい思いをしたいなら、大人しく王国に匿われているはずです」
「……さぁな」
「……教えてはくれませんか。まぁいいです。その代わり……」
タイキがもう一枚、紙を机の上に置く。
「診断を受けてください。神殿です。……これはギルドマスターとしての命令ですが……同時に、一人の友人としての、頼みでもあるのです」
タイキは、エルフレッドの右肩に手を置いた。
かつては岩のように強靭だったその肩が、どこか脆い土くれのように感じられた。
「私は、あなたに『救われなかった英雄』になってほしくないんです。世界を救って、自分だけがボロボロになって、誰にも看取られずゴミのように捨てられる……そんな結末を、私は見たくありません。それをみすみす許すようなことも、もうしたくないんです」
エルフレッドからはタイキの表情は分からないが、少し手が震えていた。
彼はまだ、自分がどれほど愛され、どれほど自分の行動で周囲を怖がらせているかを知らない。
「……マスターがそう言うなら、分かった。診断を受けよう」
タイキの震えが止まる。
「……本当に良かったです」
「あぁ。それから、エレンにもしっかり説明してあげてください。あの人、あなたの影を見て、あなたより先に死にそうな顔をしていましたよ」
「エレンか。さっき会ったな」
「あ、そうだったんですね。何か言ってましたか?」
「まぁ、失望させてしまったのかな。すごく泣きつかれて、赤子のようだった」
「……はぁ、本当にあなたという人は……。
一回、エレンと騎士団長と聖女様たちと話してきてください。そしたら、冒険者としてまた外に出ていいということにしましょう」
「……わかった。それでは失礼する」
エルフレッドは診断の紙を取り、部屋を出る。
エルフレッドが部屋を出た後、タイキは深く溜め息をつき、静かな司令室で独り、冷え切った紅茶を啜った。
彼女は予感していた。
自分たちがエルフレッドに強いてきた《英雄》という重圧が、もはや限界に達していることを。
そして、この『道具としての壊れ方』を始めた英雄を、誰かが歪な形で拾い上げる日が来ることを。
(……救われなかった英雄、ですか。
……笑えない冗談です。阻止しないと)
ギルドの司令室に残されたのは、英雄を
『道具』としてしか扱えない世界の無慈悲さと、それを守りきれなかった一人の女の、深い後悔と決意の沈黙だけだった
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