第四十七話 焼け落ちた城へ
🏯『大阪城台所所・やよい記』
第四十七話 焼け落ちた城へ——やよい、帰還と喪失の記録
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
夏の陣の炎が収まったあと、
一度だけ大阪城へ戻り、
仲間たちとの別れを迎えた日の記である。
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◆ 炎の匂いが残る城下
夏の陣が終わり、
城下にはまだ煙の匂いが漂っていた。
やよいは産婦と赤子を安全な場所へ預け、
ひとり大阪城へ向かった。
(……戻りたくない……
でも……
みんなが……
どうなったか……
確かめなあかん……)
焼け焦げた木の匂い。
崩れた石垣。
黒く染まった空。
やよいの胸は締めつけられた。
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◆ 焼け落ちた御膳所
御膳所の前に立つと、
そこはもう、
かつての温かい台所ではなかった。
火床は崩れ、
鍋は黒く焼け、
梁は落ちていた。
やよいは膝をつき、
震える声で呟いた。
「……千代さん……
お市さん……
お澄さん……
宗右衛門様……
どうか……
生きてて……」
そのとき——
背後から声がした。
「やよい……?」
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◆ 生き残った仲間たち
振り返ると、
千代が立っていた。
腕に火傷を負い、
顔にも煤がついていたが、
確かに生きていた。
「千代さん……!」
やよいは駆け寄り、
千代の手を握った。
千代は微笑んだ。
「やよいさん……
よう戻ってきたね……」
そこへお市とお澄も現れた。
「やよい!
無事やったんやな!」
「ほんま……
生きててよかった……!」
三人はやよいを抱きしめた。
涙が止まらなかった。
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◆ 宗右衛門の姿
少し遅れて、
宗右衛門が杖をついて現れた。
足を負傷していたが、
その目はしっかりしていた。
「やよい……
おまえが無事で……
本当によかった……」
やよいは深く頭を下げた。
「宗右衛門様……
御膳所は……
もう……」
宗右衛門は静かに言った。
「ええ。
御膳所は……
ここで終わりや」
やよいの胸が痛んだ。
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◆ 千代の言葉
千代は焼け跡を見つめながら言った。
「やよいさん。
ここはもう、
あなたの学ぶ場所やない」
「あなたは……
もっと広い世界へ行く子や」
やよいは涙をこらえた。
「千代さん……
わたし……
離れたくない……」
千代はやよいの頬に手を添えた。
「離れるんやないのよ。
“次の場所へ行く”だけ」
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◆ 最後の抱擁
お市とお澄がやよいを抱きしめた。
「やよい……
うちらのこと、忘れんといてな」
「どこへ行っても……
あんたは御膳所の仲間や」
宗右衛門も言った。
「やよい。
おまえは御膳所の誇りや」
やよいは涙を流しながら言った。
「みんな……
ありがとう……
絶対に……
忘れへん……」
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◆ 焼け跡に一礼
やよいは御膳所の焼け跡に向かい、
深く一礼した。
(千代さん……
お市さん……
お澄さん……
宗右衛門様……
わたし……
もっと強くなる……
命を迎える者として……
料理の道も……
医の道も……
全部、胸に抱いて……)
風が吹き、
灰が舞った。
それはまるで、
御膳所がやよいを送り出してくれているようだった。
---
◆ 老いたやよいの一行
——あの日、
わたくしは焼け落ちた御膳所に戻り、
仲間たちと別れを告げた。
失われたものは多かった。
けれど、
胸に残ったものはもっと多かった。
料理の火は消えず、
仲間の想いは消えず、
わたくしの道は続いていく。
その先に、
玄朔様の親戚筋の医家での
“新たな修行”が待っていたのである。
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