第三十二話 やよい、初めて“自分の判断で”病人を救う

🏯『大阪城台所所・やよい記』


第三十二話 やよい、初めて“自分の判断で”病人を救う——医術の芽が花開く瞬間


——これは、わたくし曲直瀬やよいが、

“医者としての第一歩”を自分の足で踏み出した日の記である。


---


◆ 御膳所に飛び込んできた知らせ

その日の昼下がり。

御膳所で千代と仕込みをしていたやよいのもとへ、

若い兵が駆け込んできた。


「玄朔様が……!

 往診先で倒れた病人のもとから離れられず……

 “やよいを呼べ”と!」


御膳所がざわめいた。


お市が言った。


「やよい……

 玄朔様が呼ぶってことは……

 あんたの“医の目”が必要なんや」


千代も真剣な顔で言った。


「やよいさん。

 行きなさい。

 料理は私がやる」


やよいは深く頷いた。


(わたし……

 行かなあかん……)


---


◆ 病の部屋で見たもの

やよいが駆けつけると、

玄朔は病人の枕元に膝をつき、

額に汗を浮かべていた。


「玄朔様!」


玄朔は振り返り、

弱い声で言った。


「やよい……

 来てくれたか……」


病人は若い兵で、

息が荒く、

顔は真っ赤に腫れ、

喉を押さえて苦しんでいた。


やよいは息を呑んだ。


(……熱が高い……

 でも……

 ただの熱やない……

 喉が……

 腫れてる……)


玄朔が言った。


「やよい……

 わしは……

 往診で手が離せん……

 この者は……

 おまえに任せる……」


やよいの胸が震えた。


(わたしが……

 ひとりで……?)


---


◆ やよい、脈を診る

やよいは兵の手首に触れた。


(脈が……

 早い……

 でも……

 浅い……

 熱が体の表に出きらず……

 内にこもってる……)


玄朔が弱い声で言った。


「やよい……

 どう診る……?」


やよいは震える声で答えた。


「……熱が……

 喉に集まって……

 息が通らなくなってます……」


玄朔は目を閉じた。


「……続けろ……

 おまえの目で……

 診るんや……」


---


◆ やよい、匂いを読む

やよいは兵の口元に顔を近づけた。


(……苦い匂い……

 体が毒を出そうとしてる……

 でも……

 出しきれてない……)


(これは……

 “熱毒”……

 喉を冷やし、

 体の熱を逃がさな……)


やよいは玄朔を見た。


「玄朔様……

 氷水を……

 少しだけ……

 喉に当てたいです……」


玄朔は弱く頷いた。


「……やれ……

 おまえの判断で……」


---


◆ やよい、初めて“自分の判断”で治療する

やよいは氷水を布に含ませ、

兵の喉にそっと当てた。


(……熱が……

 少しずつ……

 引いていく……)


兵の呼吸が、

ほんの少しだけ楽になった。


やよいは脈を取った。


(脈が……

 さっきより……

 深くなってる……

 熱が……

 外に出始めた……)


やよいは玄朔に言った。


「……効いてます……

 このまま……

 少しずつ冷やします……」


玄朔は目を細めた。


「やよい……

 おまえ……

 ほんまに……

 医者になれる子や……」


やよいの胸が熱くなった。


---


◆ 病人の回復

しばらくすると、

兵の呼吸は落ち着き、

喉の腫れも少し引いた。


兵はかすかに目を開け、

弱い声で言った。


「……楽に……

 なった……」


やよいは涙がこぼれそうになった。


(わたし……

 救えた……

 自分の判断で……)


玄朔が言った。


「やよい……

 今日からおまえは……

 “医の者”や」


---


◆ 老いたやよいの一行

——あの日、

わたくしは初めて“自分の判断で”病人を救った。


脈を読み、

匂いを読み、

熱の流れを感じ、

そして——

自分の手で命を引き戻した。


その瞬間、

わたくしの中で何かが変わった。


料理の舌が、

医の舌へと変わり、

医の舌が、

産科の道へと続いていく。


わたくしはその日、

“医者としての第一歩”を踏み出したのである。

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