第三十話 やよい、玄朔から“医術の正式な手ほどき”を受ける
🏯『大阪城台所所・やよい記』
第三十話 やよい、玄朔から“医術の正式な手ほどき”を受ける——料理と医の二刀流へ
——これは、わたくし曲直瀬やよいが、
“料理の舌”が“医の舌”へと変わり始めた日の記である。
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◆ 毒見役の翌朝
毒見役を務めた翌朝。
やよいはまだ胸の奥がざわついていた。
(怖かった……
でも……
逃げへんかった……)
御膳所に入ると、
玄朔が静かに立っていた。
「やよい。
来い」
やよいは背筋を伸ばした。
(また……
医術の手伝い……?)
しかし玄朔は、
いつもより真剣な目をしていた。
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◆ 玄朔の言葉
玄朔はやよいを医務の部屋へ連れていき、
静かに言った。
「やよい。
今日から、おまえに“正式な医術”を教える」
やよいは息を呑んだ。
「正式……?」
玄朔は頷いた。
「おまえは料理の才だけやない。
毒を見抜き、
病の匂いを読み、
産の気配を感じる」
「それは……
“医者の才”や」
やよいの胸が震えた。
(わたし……
医術を……
正式に……?)
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◆ 第一の手ほどき:脈
玄朔はやよいの手を取り、
自分の手首に添えさせた。
「やよい。
脈は“命の声”や」
やよいは指先に集中した。
(……太い……
でも……
落ち着いてる……)
玄朔は微笑んだ。
「やよい。
おまえは脈の“形”が分かるんやな」
「脈にはな、
浮・沈・遅・数・虚・実……
いろんな“声”がある」
やよいは息を呑んだ。
(脈が……
声……?)
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◆ 第二の手ほどき:舌
玄朔は鏡を出し、
やよいに舌を見せた。
「舌は“内臓の鏡”や」
「色、
艶、
湿り、
苔……
全部が病を語る」
やよいは鏡を覗き込んだ。
(舌の色……
こんなに違うんや……)
玄朔は言った。
「やよい。
おまえの“料理の舌”は、
そのまま“医の舌”になる」
やよいの胸が熱くなった。
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◆ 第三の手ほどき:匂い
玄朔は薬草を並べた。
「やよい。
匂いを嗅げ」
やよいは一つずつ嗅いだ。
(これは……
体を温める匂い……)
(これは……
血を巡らせる匂い……)
(これは……
喉を開く匂い……)
玄朔は目を見開いた。
「やよい……
おまえ……
“薬の匂い”が分かるんか……?」
やよいは戸惑いながら頷いた。
「……なんとなく……
体のどこに効くか……
匂いで分かる気がします」
玄朔は深く息をついた。
「やよい。
それは……
医者でも滅多におらん才や」
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◆ 玄朔の決意
玄朔はやよいの前に膝をつき、
静かに言った。
「やよい。
おまえは……
“料理と医術の二刀流”を歩ける子や」
「料理は命をつなぎ、
医術は命を救い、
産科は命を迎える」
「その全部を持つ者は……
わしの長い医者人生でも見たことがない」
やよいの胸が震えた。
(わたし……
そんな道を……
歩けるんやろか……)
玄朔は続けた。
「やよい。
戦が来たら……
御膳所は危うい」
「せやけど……
医術を持つ者は、
どこへ行っても必要とされる」
やよいは深く頷いた。
(わたし……
生きて……
医術を継ぐ……)
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◆ 老いたやよいの一行
——あの日、
わたくしは玄朔様から
“正式な医術の手ほどき”を受けた。
脈は命の声。
舌は内臓の鏡。
匂いは薬の道。
料理の舌が、
医の舌へと変わり始めた日であった。
その道は、
のちにわたくしを“産科”へ導き、
そして——
大阪城を出る決意へと繋がっていくのである。
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