第三章 難民たちのシェルター

コンビニに難民たちが集まり始めてから、一週間が経った。


最初は十数人だった人数が、今では五十人を超えている。リーナの口コミや、旅人たちの噂を聞きつけて、各地から人々が押し寄せてきたのだ。


人間、獣人、そして少数だがエルフやドワーフの姿もある。


「店長、収容限界が近い」


カイルが険しい表情で報告した。


「イートインスペースはもう満杯だ。バックヤードにも人が溢れてる」


「わかってる」


創太は頷いた。


コンビニの売場面積は、およそ百平方メートル。それにバックヤードと休憩室を加えても、百五十平方メートル程度だ。五十人以上が寝泊まりするには、明らかに手狭だった。


「外にテントを張るしかない」


「テント?」


「野営用の簡易住居だ。幸い、うちの店には防災用品のコーナーがある。ブルーシートや折りたたみマットもある」


創太は在庫リストを確認した。


「足りない分は発注しておく。あとは……」


「あとは?」


「地元の素材を使って、簡易的な小屋を建てる。建築の心得がある人間はいないか?」


カイルは少し考えた後、答えた。


「ドワーフの老人がいる。元は鍛冶師だったらしいが、建築の知識もあると聞いた」


「じゃあ、その人に相談しよう」


創太はすぐに行動に移った。


ドワーフの老人——ゴルドという名だった——は、創太の話を聞いて、にやりと笑った。


「簡易住居か。面白いな」


ゴルドは年齢不詳だったが、白い髭が胸まで伸び、顔には無数の皺が刻まれていた。しかし、その目は若々しい好奇心に輝いていた。


「この辺りには良い木材がある。石もある。俺に任せれば、一週間で二十人は住める小屋が建つ」


「本当か?」


「ドワーフを舐めるなよ、若造」


ゴルドは笑った。


「ただし、条件がある」


「条件?」


「お前の店にある道具——あのな、光る細い金属の刃。あれを使わせてくれ」


光る細い金属の刃。おそらく、バックヤードにあるカッターナイフやハサミのことだろう。


「いいぞ。好きに使え」


「よし、決まりだ!」


ゴルドは意気揚々と立ち上がった。


「若いもんを何人か連れてく。夕方までには基礎工事を終わらせる」


「頼む」


創太は頷き、難民たちの中から体力のある者を数人、ゴルドに同行させた。


同時に、創太は「衛生管理」の徹底に乗り出した。


五十人以上が狭い空間で生活していれば、感染症のリスクが跳ね上がる。それを防ぐためには、予防措置が不可欠だった。


「手洗いは絶対だ。食事の前、トイレの後、必ず洗う」


創太は難民たちを集めて、改めてルールを説明した。


「それから、ゴミは分別する。生ゴミ、燃えるゴミ、燃えないゴミ。それぞれ決められた場所に捨てる」


「なぜそこまで細かく分ける必要があるんだ?」


年配の男性が疑問を呈した。


「生ゴミを放置すると、腐敗して病原菌が繁殖する。害虫も寄ってくる。それが病気の原因になる」


創太は真剣な表情で説明した。


「この店では、衛生管理を徹底する。守れないなら、ここにはいられない」


厳しい言葉だった。しかし、創太は妥協するつもりはなかった。


「……わかった」


年配の男性は頷いた。


「あんたの言う通りにしよう」


他の難民たちも、それに倣った。


次の問題は、食料の配給だった。


五十人分の食事を毎日三回。一日あたり百五十食。これを、限られた在庫でやりくりしなければならない。


「配給制を導入する」


創太は宣言した。


「一人あたり、一日の食事量は決まっている。それ以上は出せない」


「足りないかもしれないが……」


リーナが心配そうに言った。


「足りないよりは、みんなに行き渡る方がいい」


創太は答えた。


「平等に分ける。それがルールだ」


配給の仕組みはこうだ。


まず、全員に「配給カード」を配る。これは、創太が手書きで作成したカードで、名前と通し番号が記載されている。


食事の時間になったら、カードを見せて列に並ぶ。カードにその日のスタンプが押されたら、食事を受け取る。一日一回のスタンプで、不正を防ぐ。


「なんだ、この仕組みは……」


カイルが感心した声を上げた。


「単純だが、効果的だな」


「コンビニでも似たようなことをやる」


創太は肩をすくめた。


「本部からの販促キャンペーンとか、スタンプラリーとか。そういうのの応用だ」


「……お前、本当にただの店員だったのか?」


「ただの店長だ」


カイルは呆れたように笑った。


配給システムが軌道に乗り始めた頃、新たな問題が発生した。


「店長」


リーナが深刻な表情で近づいてきた。


「窃盗があった」


「窃盗?」


「さっき、子供が棚から菓子を持ち出そうとしているのを見た。止めたけど——」


創太は眉をひそめた。


予想していたことではあった。五十人以上が狭い空間で生活し、食料は配給制。我慢できなくなる者が出てくるのは、ある意味で自然なことだ。


「その子供をここに連れてきてくれ」


「……罰するのか?」


「話をするだけだ」


リーナは少し迷った後、頷いて去って行った。


数分後、リーナが一人の少年を連れてきた。


人間の子供だった。十歳くらいだろうか。痩せた体、擦り切れた服、そして怯えた目。


「座れ」


創太は穏やかな声で言った。


少年は恐る恐るベンチに腰を下ろした。


「名前は?」


「……ロイ」


かすれた声で答える。


「ロイ、お前は棚から菓子を取ろうとした。そうだな?」


少年の体が震えた。涙が目に溜まっている。


「ごめんなさい……。お腹が空いて……妹に食べさせたくて……」


「妹がいるのか」


「はい……。まだ五歳で……いつもお腹を空かせていて……」


創太は溜息をついた。


「ロイ、こっちを見ろ」


少年が顔を上げる。


「俺は、お前を罰するつもりはない」


「……え?」


「ただし、約束してほしいことがある」


創太は真剣な目で少年を見つめた。


「この店では、勝手に物を取ってはいけない。欲しいものがあれば、俺に言え。配給として渡す」


「でも……配給だけじゃ、妹には足りなくて……」


「足りないなら、増やす」


創太は立ち上がり、棚からいくつかの菓子を取った。


「これを持っていけ。妹に食べさせろ」


少年は目を丸くした。


「いいの……?」


「ああ。ただし、これからは俺に言ってから取れ。わかったか?」


少年は何度も頷いた。目から涙が溢れていた。


「ありがとう……ありがとう……」


「いいから、早く妹のところに行け」


創太に促されて、少年は菓子を抱えて走り去った。


リーナがその背中を見送りながら、静かに言った。


「……甘すぎないか?」


「かもな」


創太は肩をすくめた。


「でも、あの子を罰したところで、何も解決しない。必要なのは、ルールを守れる環境を作ることだ」


「環境?」


「空腹だから盗む。なら、空腹を無くせばいい。配給が足りないなら、増やす方法を考える」


創太は窓の外を見た。


「それが、俺のやり方だ」


リーナは無言で創太を見つめていた。


やがて、小さく呟いた。


「……本当に、変な人」


「またか」


「褒め言葉だ」


リーナの唇に、かすかな笑みが浮かんだ。


その日の夕方、ゴルドが建設チームを率いて戻ってきた。


「基礎は終わったぞ!」


彼は汗を拭いながら、満足げに報告した。


「明日から本格的に建てる。三日で一棟、一週間で二棟は完成する」


「助かる」


「礼はいらん。飯を食わせてくれれば十分だ」


ゴルドは豪快に笑った。


「それより、店長とやら。お前、これからどうするつもりだ?」


「どうするって?」


「ここに留まるのか? それとも——」


ゴルドの目が鋭くなった。


「何かを始めるのか?」


創太は少し考えた後、答えた。


「まだ、何も決まっていない。でも——」


窓の外を見る。夕陽に染まった草原。その向こうには、戦火に苦しむ人々がいる。


「できることがあるなら、やりたいと思っている」


ゴルドは頷いた。


「いい目をしてるな」


「……そうか?」


「ああ。ドワーフは目を見れば、その人間の器がわかる」


ゴルドは創太の目を真っすぐに見つめた。


「お前は——大きなことを成し遂げる器だ」


「……」


創太は何と答えていいかわからなかった。


ゴルドは笑って背を向けた。


「まあ、期待しているぞ。店長」


その背中を見送りながら、創太は考えた。


大きなことを成し遂げる。


そんなつもりはなかった。ただ、目の前の人々を助けたいだけだ。


でも——


もしその延長線上に、「大きなこと」があるのなら——


「……やれることを、やるだけだ」


創太は呟いて、店内に戻った。


夜、創太は一人でストアコンピュータに向かっていた。


画面には、この一週間の「売上データ」——正確には、配給データが表示されている。


誰が、いつ、何を、どれだけ受け取ったか。全てが記録されている。


「マネージャー」


『はい、店長』


「このデータを分析できるか?」


『可能です。どのような分析をご希望ですか?』


「消費パターンだ。どの食品がよく消費されているか、どの時間帯に需要が高いか」


『了解しました。分析を実行します』


数秒後、画面にグラフが表示された。


「……なるほど」


創太は画面を見つめた。


消費量が最も多いのは、おにぎりとパン。主食系だ。次いで、飲料水とスポーツドリンク。


時間帯別に見ると、朝と夕方にピークがある。昼は比較的落ち着いている。


「この情報を使えば、配給の効率化ができる」


『はい。需要予測に基づいて、発注量と配給スケジュールを最適化できます』


「やってくれ」


『承知しました』


創太は椅子の背にもたれかかった。


POSデータの分析。需要予測。在庫最適化。


現実世界のコンビニでやっていたことと、本質的には同じだ。違うのは、売上ではなく、人々の命がかかっているということ。


「……責任重大だな」


『その通りです。しかし、店長ならできると思います』


「お前に何がわかる」


『私はあなたの行動を観察しています。難民たちへの対応、カイルやリーナへの接し方、子供への優しさ。どれも、優れたリーダーの資質です』


「リーダーなんかじゃない」


創太は首を振った。


「俺はただの店長だ。店を守り、客を満足させる。それだけだ」


『それが、リーダーシップではないでしょうか?』


「……」


創太は答えなかった。


窓の外では、二つの月が静かに輝いていた。


明日も、やることはたくさんある。


小屋の建設。配給の効率化。衛生管理の徹底。そして——


「新しい人が来たら、また受け入れなきゃならないな」


『はい。この店は、誰も拒まない。それが、店長のポリシーですから』


「ポリシーってほどのものじゃない」


創太は立ち上がった。


「当たり前のことをやってるだけだ」


そして、休憩室に向かった。


明日に備えて、少しでも眠らなければ。


コンビニ店長の一日は、異世界でも忙しいのだ。


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