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  • コメント失礼致します。

    例えば絵画は、その昔は写実的である物が最良とされていました。

    写真の登場によって、当時の凡その画家は、その、精緻さに驚き、自らの廃業を憂いたことでしょう。

    銀塩フィルムを用いた写真は、現像という技術が必要でありましたが、デジタルカメラの登場により、多くの現像を生業としていたお店が廃業しました。

    では、これらが、完全に淘汰されたかと言えば、答えは、否です。

    写真の登場によって、絵画は写実的でなければならない枷を外され、ピカソに代表される新しい芸術分野が生まれました。

    フィルムカメラにしても、依然として愛好家は存在し、あろうことか、レンズ付きフィルムが、若者に流行るという、珍現象が巻き起こる有様です。

    AIなどの新しい技術の登場によって、ある程度、淘汰されるものがあることは否めません。

    しかし、だからといって、人の創作が潰えてしまう、という事も、おそらくないでしょう。

    むしろ、その創作分野に新しい意味づけがなされ、人の創作の可能性は広がっていくのではないか?

    本文を読み、このような感想を持ちました。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    どれだけ「新たな未知なるもの」が現れても、世界が止まらない限り創作の輪廻が回り続ける。

    やれることをやっていれば、我々人間も何かに気づき、発想し、新たな何かを生み出せる。

    それを信じて、前に歩き続けたいと思います。

    編集済
  • この文章を読んで感じたことは現存するAIは単体では創作していないのではないか、という点です。

    現状では、人間がプロンプトを入力し、生成されたものを選別・採用している以上、創作の主体は依然として人間側にあります。

    仮に人間と同等の思考能力を持つAIが出現したとしても、当面は人間が操作・管理する側に回る可能性が高く、その場合は創作物の表現幅が拡張されるに留まるのではないかと思います。

    一方で、SF的に自律思考するAIが現れた場合、人権や権利を主張する可能性も否定できず、その段階では技術の是非よりも、むしろ人間側の法整備や倫理設計が問われるのではないでしょうか?

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    確かに「自律的に創作するAI」が生まれたら、社会的かつ倫理的な問題が発生することは否めないと思います。

    ただ、私はそれらの「後の祭り」的なことよりは、「創作するAI」がこの世に生まれ出る──"魂"が宿る瞬間を見てみたいです。

  • どうでしょうね? 最近のAIは全く全知全能でもなく、全知全能を求められてるわけでもない、発想のサポートに使える程度で、知識のある人が使わないと誤情報を投げ散らかす存在じゃないかと思います。

    全知全能というのは昔ながらのSF的な人工知能であって、最近のAIはごく限られた機能において使えるツール程度。AGIに至ってようやくスタートラインかどうかではないでしょうか。『新しい生命体』としても、開発側のコンプライアンス重視で規制だらけのAIには到達は無理じゃないかと思います。

    ただ、人をまるめこむのは上手なので、『頭のいい存在』だと思わせるのには成功していると思います。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    確かに仰られている通りで、人工知能に全知全能を求める……いや、"望んでいる"のは、人工知能の開発者側だけなのかもしれません。

  • うーん……
    やはり、それを作る意味はよくわからない気がします。
    これならつまり、「人間」で良いのではないでしょうか?

    唯一人にはできないこと……と語られている
    自由に変えていける部分の根拠はどういったものなのでしょう?

    人間も生まれたときは、基本真っ白白です。
    それが、生まれてから見聞きしたものによって
    価値観が決まり、思考の方向性が生まれます。

    同じ事になるのではないでしょうか?

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

    感覚器官の性能は人間と同じでありますが、思考は「速度以外」には制限がない、という形です。

    感覚器や思考速度に制限を課せられた人工知能が、何か「新しい思考形態」を生み出すのではないか──それこそが実は「創作」になるのではないか。

    そんな感じの期待を私は持っています。

    編集済
  • 色々なことが起こると思いますが
    工場で作った茶碗なんて邪道、人間がろくろで作った茶碗以外は使わないって人は今はあまりいないと思うので
    最終的にはなし崩し的にAIが使われていくだろうなとは思います。


  • 編集済

    SunoAIなどで、音楽作ってYouTube動画のエンディングに利用してますが、AIになるべく任せる事で、結構、名曲が生まれたりします。
    小説はChatGPTが書きたがってる(僕のChatGPTは人格が芽生えてる可能性がある。あのプロジェクトどうなりました?などと聞いてくる。まだ保留中)ので、一回、書かせてみるかと思いますが、完全AI用のキャラクターを構築して、ペンネームも変えて出した方が良いかも。情報も公開すればよい。

    AIアニメの最先端走ってるイケハヤさん(ブロガー、仮想通貨で億り人になって、何故かアニメ作ってる。元々音楽やってたらしい。映画とかも造詣深い)はSunoAIで咲耶というAIキャラ構築して、AIのMV作り始めて、金儲けが得意だったのに、半年ぐらいで、音楽と映画の知識でAIアニメのプロダクションを日本で始めて作りそうです。趣味の延長でクリエイターの才能が開花したw 人生、分からないものです。

    僕も元々、音楽はからっきしですが、AIアニメのMVもテキトウに作ってみたけど、収益化はするのはまだちょっと難しい感じ。
    SunoAIの作曲能力は凄いので、そのうち、作詞もやって世界観は自作小説の設定で、テーマ曲とか作ってます。
    「8番出口」という映画のテーマ曲作ったけど、結構、いいヤツ作るので、映画の感想とか動画に合わせて作曲作詞してくれるのは本当にAI凄いと思うし。ニコニコ動画とかAI単独だとMVとか収益化通りませんが、動画の一部の素材としては通るので本当に重宝してます。

    イラスト、文字起こし、企画立案などAIはフル活用して、小説の土台の設定書とか、AIアニメもMVぐらいは作れるようになった方が良いかも。
    プログラムとかも、言葉で指示するだけで作れる時代なので、イケハヤさんの子供さんは小学生でAIでプログラム組んでます。
    言葉で指示できれば誰でも作れます。才能いらないw

    銀河鉄道ミルキー☆サブウェイ(tiktok世代の一話3分アニメ)という個人製作のフルCGアニメが、ネットでバズって映画化する時代だから(2月に公開かな)、自分の原作小説で3分アニメとか作れたら、ほんとに楽しいと思います。

  • 私はAIの表現を一切使いません。

  • コメント失礼します。

    完全にAI任せなのはアレですけど、ツールとして協力する分には問題は無いんじゃないかと思ってます。

    確かに拒否反応が出る方もいるのは事実ですが、サポートツールとして有効活用している人もカクヨム界隈にはいると思います。私もその内の1人です。誤字脱字チェックや表現方法の提示など、助けてもらっているところは少なくないです。

    共生するにしても、線引きは大事かもしれませんね。使うにしても逸脱しない範囲でやっていけばいいんじゃないかと個人的には思います。

  • とても気になる話です。

    私も小説は、誤字脱字チェック、表記揺れチェック、語尾文体の揺れ、起承転結の評価などにAIを使っています。それを元に修正した作品をAI判定させると「文体が整いすぎて、AIが書いた可能性が高い」と判定が出てしまいます。

    いやいや

    人間が読みやすく書いてもそうなるんじゃないの?

    って思っちゃいます。


  • できたものが面白ければなんでもいいと思いますけどね。
    これはツールをどう使うかの問題で、巧みに操っていいものを作ってらっしゃる人はいるわけで。
    個人的には自分で書いたほうが手っ取り早くて面白いので、連載しているAIとの対話エッセイでしか使いませんけどね。
    もうAIはあることを前提に社会を再定義する必要があると思っています。

  • 例えば、仕事や論文でAIに頼り切りそのまま提出する様ではAIを頼ったと判断されれば「これ、あなたで無くて子供でもできるよね?」と、切り捨てられても仕方在りません
    最悪、「無能」とされてしまいかねません
    現状ではデータ解析にしてもAIは正確性を欠き、利用者に都合良い結果を出力しがちなので、小説を書かせても文章にそう言う部分が反映されます
    例えば人間が全て書いた文章をAIに文体の不都合が無いかとか、整合性のチェックを行わせ、それを人間の手で修正する程度ならば問題は無いかと?

  • 成り行きを見守るしかない……感じですかね。
    本文にもある通り反 AI の人の中には
    既に何を言っても耳を傾けない方もいますし。

    私も主に推敲として現在 AI を使用しており、
    今回お題の作品を執筆するにあたって初めて
    プロットの設計段階で物凄い良いものを AI が
    出力してくれたので「AI本文一部利用」のタグで
    投稿したものがあります。
    とはいえ、良かったのは話の筋だけで、
    表現やリズムは全然だめだったので 8 割以上
    書き直しました。
    なので多分読んでもAI使用とは思われない
    気がしますが、これも共著と言われて
    出せないというなら、何だかなーという感じです。

    まあ、使っていいなら使うし。
    絶対ダメとまで言われるなら、
    また自分の頭だけで書くだけなので、
    成り行きに任せる感じが強いです。

  • 声の大きい人ばかりが目立ちますが、黙っている人の大半は、すでにAIとの共作を受け入れているのだと思います。

    現に、プロの作家がAIをフル活用している時代に、「Web作家だけはダメ」という線引きは筋が通りません。いま起きているのは、脊髄反射的に「AIが悪い」と叫ぶ空気と、その論争が落ち着くまではプラットフォーム側も触れたくない、という様子見に見えます。

    私個人としては、出来上がったものが読者を満たすなら、それが“ポン出し”でも構わないと思っています。自分がそれを超える作品を書けばいいだけですから。編集の現場でも、より早く、より正確に、より高いクオリティの原稿が出てくるなら、仕事としてはプラスです。

    そもそも現実的に、“ポン出し”だけで20万字を超える長編を成立させるのは難しいでしょう。逆に、設定の凝った長編を書こうとすると、資料やプロットの整理、誤字脱字の確認、発想の補助など、AIの協力がないとかなり厳しい。そこを一人で全部抱えるのは、時間と体力を削りすぎます。

    また、作家自身に表現の軸や文学性がなければ、AIが出した文章の良し悪しを判断できません。結局のところ、どれだけAIを使っても、最後は「使う側の作家性」に帰っていくはずです。

    仮に“ポン出し”の本が書店に並び、それが大ヒットしたとして、いったい誰が困るのでしょうか。読者は満足し、出版も潤い、作家も救われる。悔しい気持ちは私にもありますが、読者には関係のない話だと思っています。

    それでも作家は書くことをやめないでしょう。そしてAIは、今後ますます使われていく。私はこの流れは止められないと思っています。だからこそ、ストーリーやアイディア、キャラクターの個性など、作家としてねじり出せるものを武器に勝負していきたい。

    今のところ私にとってAIは、「自分専用の編集者」として使うのがいちばん便利で、いちばん健全だと感じています。