第3話 過去の自分を知る。

 姉さんからもらった剣は、俺の手に馴染んでくれた。


 今後、俺は騎士見習いとして、騎士団に所属して訓練を受けることになる。


 ディアスのように決まった騎士がいれば、従士として見習いの形を変えられるが、俺にそんな相手はいない。


 朝の訓練を終えて、屋敷に入れば居間には、穏やかな陽が差し込んでいた。


 紅茶の香りが漂い、テーブルの上には焼き菓子が並んでいる。


 姉さんがテーブルでゆっくりとしていた。


「さて、ホート。朝の訓練は終わりかしら?」

「ああ、姉さんがくれた剣は凄くいいよ」

「それは良かったわね。あの人が選んでくれたから、お礼を言っておくわ」


 どうやら旦那さんが剣を選んでくれたらしい。


 姉は紅茶を一口飲んでから、ゆっくりとカップを置いた。


「それじゃあ、女性についての話をしましょうか」

「……よろしくお願いします」


 俺はこれまでリナ以外の女性と話したことがあまりない。


 そこで姉さんが、女性について講義をすると言い出した。


 緊張して思わず敬語になる。


 姉さんは満足そうに頷いた。


「まず、これは一番大事だから最初に言うわ」


 人差し指を立てる。


「女性に与えすぎないこと」


 俺は瞬きをした。


「……与えすぎない?」

「そう」


 姉は指を折りながら言う。


「まだ付き合ってもいないのに、毎回食事を奢る」

「プレゼントを頻繁に渡す」

「女性の予定を全部優先して、自分の都合を犠牲にする」

「ありがとうが欲しくて、小さな親切を連発する」


 胸が、ちくっと痛んだ。


 俺はリナに対して……全部、やってた。


「それね。最初は喜ばれるんだけど、そのうち当たり前になるの。人はね、無料のものに価値を感じなくなるの。無料は嬉しい。だけど人は慣れてしまう。優しさが悪いんじゃない。出し方が悪いの」


 姉はそこで一度、紅茶を飲んだ。


「だから次」


 コトン、とカップを置く。


「与えるんじゃなくて、選ばせなさい」

「選ばせる……?」

「全部用意しないってことよ」


 姉が立ち上がって指を立てた。


「例えば、食事」


「『どこでもいいよ』は最悪」

「『ここ行こうか』も微妙」


「正解はね」


 姉は俺を指差す。


「二択まで絞る」


「AとB、どっちがいい?」

「今日は甘いのとさっぱり、どっちにする?」


「すると相手は、甘い物かな? と選ぶの」


 姉は少し楽しそうに言う。


「そうすると、自分で選んだって思うの」


 俺はなるほど、と小さく頷いた。


 いつもはリナの食事を俺が作っていた。


 どこかにいくときも、彼女は「なんでもいいわ」というので、俺が決めていた。


「人は、自分が選んだものに強く執着する。恋愛も同じよ」


 リナの心を遠ざけて、俺がダメだったのか?


「三つ目」


 姉は少し真剣な顔をして、テーブルを叩いた。


「いい人で終わらないこと!」

「……いい人」


 チクッと胸が痛んだ。


 優しいだけ、都合の良い人。リナにとって俺はそんな存在だったのだろう。


「常に穏やか。波風立てない。相手に全部合わせる。それ、安心はするけど、刺激がない」


 グサっ!!! 苦しい。


「最初はいいの。でもね。そのうちこう思われる」


 姉は声色をリナに真似させて告げる。


「『この人、私に合わせてるだけでつまらないわね』」


 グサグサと何度も胸に痛みが走る。


「感情を動かされない男は、記憶に残らない」


 姉は指を鳴らす。


「次。四つ目」


「人はネガティブな感情でも、感情を動かしてくれる相手に強く惹かれる」

「怒らせるってこと?」

「違うわ」


 姉は首を振る。


「不安、焦り、悔しさ、ドキッとする一言。そういうのも含めて、感情なのよ」


 少し間を置いて、姉は言った。


「優しさ7、スパイス3」


 覚えやすい。


「全部優しいと、味がしないのよ」


 姉は焼き菓子を一つ口に入れた。


 甘いだけど、あとにフルーツの酸っぱさと、焼いた焦げの苦味を感じる。美味しい。


「五つ目」


 今度は少し声を落とす。


「気を使いすぎないこと」

「気を使わない……?」


 姉は俺を見据えた。


「恋愛では、相手に負担をかけることも大事なのよ」

「えっ? 負担をかけるのか?」


 意外だった。俺はいつも逆のことばかりを考えていた。


 リナは勉強を頑張っていた。


 宮廷魔導師になるのは大変で……だからそれを応援したくて、全てのことを俺が引き受けていた。


「負担をかけないって、一見優しいけど。相手にこう思わせるの。この人、私がいなくても困らないってね」

「あっ」


 俺はいてもいなくても必要のない存在。


「人はね。【時間】、【お金】、【労力】、これをかけた相手に、執着するのよ」

「時間、お金、労力?」

「ええ、自分が注いだ分だけ、相手に見返りを求めたくなる。だけど、与えられているばかりだったら、何もかけていないから、執着もしない」


 リナに全てを捧げてきた。


 俺の時間も、お金も、労力も。


 だけど、リナにかけてもらったものは? 時間? 労力? あまり思い出せない。


 一緒にいた。それだけだ。


「だから、相手にも決めさせるの。相手を待たせる。相手に頼る。相手に負担をかける。相手を必要としている姿を見せることが大事なの」


 俺はリナに何かをして欲しいと思ったことはなかった。むしろ、してあげることばかりだった。


「そして、ちゃんと『ありがとう』を言いなさい」

「言ってたよ」

「ううん、相手にありがとうと言えるようなことをしてもらっていうの。感謝は、礼儀じゃない。繋がりよ」


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


 リナとの繋がりを僕は持っていなかった。


「六つ目」


 姉は人差し指を立てた。


「好意をダダ漏れにしない。好きだってあなたからばかり伝えてはダメ」

「……それは、かなりやってた」

「でしょうね。人はね、不確実なものに惹かれるの。この人は私のこと好きなのかわからない? 不安で、確信が持てない」


 姉は指で円を描く。


「その時間が、相手の中であなたへの気持ちを育てるの。一番好きだと感じる瞬間は離れている間よ」


 姉は、少し意地悪な笑みを浮かべた。


「あなたが好きかわからないときに、あなたのことを考えて好きを増大させていく」


 俺は常にリナのことを考えていた。だけど、リナは違ったのかな。


「でも、隠しすぎもダメ。好意は伝える。でも、必要以上に毎回は伝えない。バランスが大事なの」


 そこで一拍。


「優しいだけの男に価値はない。時に意地悪に」


「冗談」

「軽い反論」

「からかい」


「それだけで、感情は動く」


 俺は深く息を吐いた。……今までの俺は。


 優しさ10。

 スパイス0。


 そりゃ、飽きられるのだろうな。


「覚えておきなさい、ホート」


 姉は真剣な顔で言った。


「あなたは悪い男になる必要はない。ただ、自分を安売りしないこと」


 その言葉が、胸に残った。


「大丈夫よ」


 姉は柔らかく笑う。


「あなたはもう、最初の一歩を踏み出した。あとは、選びなさい。自分が何を成すのか、あなたは完璧ではない。だけど、頭も悪くないわ」


 誰を。どうやって。俺は、静かに頷いた。


 王国一の美女を探す日々は、どうやら、剣の修行よりもずっと難しそうだった。

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