雪原の魔神と三つの小さな魂 ~ 戦国転生前日譚~

月影 流詩亜

第1話 寒冷地仕様ではない魔神


​ 寒い……

 痛いほどに、寒い。


​ ボクは本来、灼熱の砂漠の風と、揺らめく陽炎の中から生まれた高尚な存在です。

 血管の代わりに流れるのはマグマのような熱き魔力であり、呼吸をするたびに硫黄とスパイスの香りが漂う……はずでした。


​ それがどうです、この惨状は。

​ 視界の全てを埋め尽くす、白、白、白。

 空からは絶え間なく白い塵芥ちりあくたが降り注ぎ、ボクの美しい真鍮しんちゅうの身体(ランプ)を冷酷に覆い隠していきます。


​「……解せませんねぇ」


​ ボクはランプの中で、小さくため息をつきました。

 かつて神に戦いを挑み、敗北した代償としてこの窮屈な器に封じ込められてから、気の遠くなるような年月が経ちました。


​ 封印が完全に解ける条件は、人間の願いを『二億四千万回』叶えること。

 まったく、神というのは随分と性格が悪い。気の短い魔神なら、途中で発狂している回数ですよ。

​ 幸い、ボクは優秀でしたから、コツコツと真面目に業務をこなしてきました。

 残りのノルマは、あと数万回といったところでしょうか。ゴールテープはもう目の前です。

​ ですが、ここへ来てこの仕打ちです。


​「一人の願いを叶えるたびに、世界中のどこかへランダムに転移する」

​ この仕様(ルール)が、今回は最悪の形で作用しました。

 前回、南国のとある小国で、強欲な商人の「もっと金が欲しい」という退屈な願いを叶え、彼が金の重みで床が抜けて圧死する様を鼻で笑って見届けた直後──。


 ボクが飛ばされたのは、この極寒の冷凍庫、フリーズドライのような土地だったのです。

​ ここは日本の北国、とか言いましたか。

 周囲に人の気配はありません。あるのは枯れた木々と、どこまでも続く雪の壁だけ。


​(……少し、暖房を入れましょうか)


​ ボクは魔力を練り、ランプの表面温度を上げました。

 ジュッ、と音がして、周囲の雪が一瞬で水蒸気に変わります。

 あぁ、暖かい。これこそが魔神ジンに相応しい環境です。

​ しかし、それも束の間。

 溶けた雪はすぐに冷やされて氷となり、その上から容赦なく新しい雪が降り積もります。

 

「……やれやれ。無駄な抵抗ですか」


​ ボクは諦めて魔力を霧散させました。

 どうせ、ボク自身が死ぬことはありません。ただ、不愉快なだけです。

​ それにしても、最近の人間ときたら。

 どいつもこいつも、願うことは同じようなことばかり。


 金、権力、不老不死、あるいは特定の誰かへの復讐。

 

 彼らの欲望はあまりに直線的で、ひねりがない。

 だからボクは、その願いを言葉通りに叶えつつ、彼らが一番見たくなかった結末を用意してあげることにしています。


 それが、長すぎる労働(懲役)を強いられているボクへの、せめてもの慰めであり、娯楽なのですから。


​「誰か、早くボクを拾いなさいよ……」


​ 雪に埋もれながら、ボクは呪詛のように呟きます。

 誰でもいい。通りすがりの農夫でも、遭難しかけた旅人でも。

 拾い上げて、この薄汚れたランプをこすりさえすればいいのです。

​ そうすれば、ボクはうやうやしく現れて、こう言って差し上げるのに。


『おめでとうございます、幸運な人間よ。願いを言えば、叶えて差し上げますよ』とね。


 もちろん、その後の破滅とセットで、ですが。

​ その時でした。

 

 ザク、ザク、ザク。

 

 雪を踏みしめる音が、遠くから近づいてくるのが聞こえました。

 一つではありません。二つ、いや、三つ?

 

 足音は軽く、リズムが弾んでいます。

 どうやら、重苦しい欲望を抱えた大人たちではないようです。


​(……おや? これはまた、珍しい客が来ましたね)


​ ボクはランプの注ぎ口から、そっと外の様子をうかがいました。



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