第10話 聖地に吹く、読めない風
トンネルを抜けた瞬間、
音が変わった。
甲子園。
テレビで見ていた場所に、
俺は立っている。
スタンドのざわめき。
土の匂い。
そして――風。
「今日は、風が厄介だな」
早乙女が、マスク越しに言う。
俺は、うなずいた。
ナックルにとって、
風は味方にも、敵にもなる。
相手は、名門校。
全国常連。
マウンドに立つ俺を見て、
スタンドがざわつく。
「ナックルだってよ」
「高校で?」
――何度も聞いた。
プレイボール。
一球目。
ナックル。
風に、煽られる。
早乙女が、
半歩だけ前に出て捕った。
――対応した。
ストライク。
「問題ない」
その一言で、落ち着く。
二回。
相手は、完全に対策してきた。
待つ。振らない。転がす。
ナックル対策。
ゴロが、増える。
内野が、忙しくなる。
四回。
一死満塁。
甲子園が、ざわめく。
早乙女が、マウンドに来た。
「ここで、
ナックルを“やめる”」
心臓が、跳ねた。
「ストレートを見せる。
そのあとだ」
うなずく。
一球目。
ストレート。
ファウル。
二球目。
もう一球、ストレート。
詰まったフライ。
二死。
三球目。
ナックル。
落ちない。
――浮いた。
打球音。
大きなフライ。
スタンドが、息を呑む。
……失速。
フェンス手前で、失速。
センターが、捕る。
チェンジ。
息を、吐いた。
五回以降、
ナックルは“見せ球”になる。
捕手主導で、
配球が変わる。
七回。
味方が、二点を取る。
2―1。
八回。
俺の球数は、限界に近い。
監督が、ベンチから出てくる。
だが――
早乙女が、首を振った。
「まだ、いける」
監督は、
何も言わず戻った。
九回。
最後の打者。
サインは、
――ナックル。
風が、止まった。
指先から、
静かに離れる。
ボールは、
一瞬だけ真っ直ぐに見えて、
突然、消えた。
空振り。
試合終了。
甲子園、初戦突破。
マウンドで、
俺は思った。
――対策されても、
まだ終わっていない。
この球は、
進化できる。
甲子園は、
甘くない。
だが――
悪くない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます